逆恨みほど怖いものはない
日本の怪談において、根底に流れている思想は『恨み』だろう。外国のホラーも恨みが動機となっている作品があるけれど、ゾンビに噛まれたゾンビのように不可抗力的な要素が強いので、『恨み』が希釈されているように感じる。それゆえ『キャリー』のようなストレートな恨みが表現されている作品は怖い。
日本の怪談はやはり恨みが効果的に使われている。『四谷怪談』はその代表。『リング』だって、化け物扱いされた貞子の深い恨みが動機として存在している。
怪談というよりはコメディに近いシリーズ作品なんだけれど、今回は背筋が寒くなる内容だった。
2021年 読書#115
『とるとだす』畠中恵 著という小説。妖(あやかし)が大活躍する時代小説である『しゃばけ』シリーズの第16弾。2001年から20年以上も続くシリーズで、この作品は2017年に出版されたもの。かなり最新刊に追いついてきた。
今回も短編集となっていて、連続ドラマのように物語が継続している。
『とるとだす』
『しんのいみ』
『ばけねこつき』
『長崎屋の主が死んだ』
『ふろうふし』
という5つの作品が収録されている。もちろん主人公は、廻船問屋兼薬種問屋を営む長崎屋の若旦那である一太郎。祖母は大妖という名のある妖なので、一太郎もその血を引いている。といっても妖や幽霊が見えるだけで、病弱な優しい好青年という設定。
もちろん妖の手代である佐助と仁吉、小鬼の鳴家、貧乏神の金次、猫又のおしろ、付喪神の屏風のぞき、というレギュラーも大活躍する。でも今回注目を集めているのは一太郎の父である藤兵衛。
一太郎の母のおたえは、祖母の妖の血を引いている。だけど藤兵衛は普通の人間。まさか自分の妻や息子に妖の血が流れているなんて知らない。そんな藤兵衛が最初の『とると出す』という物語で昏睡状態になって死にかけてしまう。
身体の弱い一太郎のためなら、なんでもするという優しい父の藤兵衛。薬種問屋等の集まりで、勢力争いに巻き込まれてしまう。大きな商いをしている長崎屋には自分の店の薬を置いて欲しい。それで一太郎が元気になるという薬をすべて試したことで、薬物中毒を起こして昏睡してしまった。
この作品は藤兵衛の悲劇を最後まで引きづる。自分のために死にそうになっている藤兵衛。一太郎は必死になって父を元に戻そうと奔走する。残る4つの物語は、常に藤兵衛の病状が関わってくる。もちろん最終的には元気になるけれどね。
このなかで背筋が寒くなった物語が『長崎屋の主が死んだ』という作品。ある日、長崎屋に狂骨という化け物が現れる。恨みを抱いて井戸に飛び込んだ幽霊で、恨みの念に支配されているので、何をいっても通じない。
長崎屋に現れた狂骨は、恨みを晴らすために長崎屋の主人を殺すと言い残して消えた。狂骨の正体は自殺した若い僧侶。僧侶でありながらある女郎に恋をした。それで還俗することで、年季が明けるその女郎と世帯を持つつもりだった。だけどその女性は梅毒にかかっていて、苦しみながら死ぬしかない運命だった。
そのことで世間を恨んだ僧侶は、井戸に飛び込んで自殺することで狂骨になった。そして恨まれる筋のない人を何人も殺した。長崎屋の藤兵衛が狙われたのは、梅毒を治す薬を売っていないからという完全な逆恨み。当時の梅毒は不治の病で、いくら薬種問屋といってもそんな薬があるわけない。
狂骨が登場するだけで、貧乏神の金次でさえ恐怖に凍りついてしまう。一太郎を守るためなら命を惜しまない佐助や仁吉でさえ、二の足を踏むほどの恐ろしい存在だった。恨み、それも逆恨みほど怖いものはない。このシリーズで背筋がゾッとしたのは初めてかもしれないなぁ。
ブログの更新はFacebookページとTwitterで告知しています。フォローしていただけるとうれしいです。
『高羽そら作品リスト』を作りました。出版済みの作品を一覧していただけます。こちらからどうぞ。