親子を繋ぐのは血ではなく墨
小説のいいところは、それまで知らなかった世界に自分を開けること。特に実話を基にした作品や伝記物は、通常では興味を持たないジャンルとの出会いになることが多い。その出会いが大きく広がって、新しい自分を発見することもある。
名前さえ知らなかった日本画家の物語を読んだ。だけど主人公の物語に沿って、横山大観、狩野芳崖、上村松園というような著名な画家の名前が何気なく登場してくる。また一つ新しい世界を知ることができた。
2021年 読書#130
『星落ちて、なお』澤田瞳子 著という小説。第165回直木賞を受賞したことで手にした書籍。著者の作品は『稚児桜』という素敵な小説に続いて2作目となる。時代小説なんだけれど、江戸時代ではなく明治から大正にかけての物語。それゆえとても新鮮な印象だった。
河鍋暁斎という画家を知っているだろうか? ボクはまったく知らなかった。だけどその作品を見てみると、目にしたことがある絵が多い。妖怪が闊歩する『百鬼夜行』という作品ならボクでも知っている。この物語は、その河鍋暁斎の葬式が行われた明治22年からスタートする。
だから主人公は暁斎ではなく、娘のとよ。このとき22歳のとよは、父の跡を継いで河鍋暁翠という名前で作品を残している。著名な画家だった暁斎の跡を継いで、明治から大正という時代を全力で生き抜いたとよの物語となっている。
暁斎の作品は江戸時代にもてはやされ、明治の前半には大勢の弟子を抱えていた。狩野派の流れを汲む画家で、それに囚われることなく数多くの作品を残している。ある意味奇人としても有名で、自分の生家が火事になっているのに、その様子を写生していたらしい。
あるいは野垂れ死している人間の生首を書いたり、最初の妻が亡くなったときにその死顔を写生して幽霊の絵を描いているという人物。そんな暁斎には四人の子供がいたけれど、画家として跡を継いだのは腹違いの兄である周三郎、そしてとよの二人だけ。
だけど父の画風は、すでに時代から取り残されていた。それゆえ二人の作品は古いものだとして評価を受けない。やがて早世した兄に代わって、ただ一人河鍋派の絵を引き継ぐことになったとよ。彼女のそんな苦悩が描かれている。
とよには娘がいた。父と彼女の関係は親子というよりは師弟だった。それゆえ血のつながりよりも、絵を描く墨で繋がる関係だった。だけど自分の娘とはそんな親子でいたくない。そう思いつつも、一人残された河鍋派の重圧と戦い続ける。
弟子たちとの関係や、作品を支えてくれるパトロンたちの関係が興味深い。そんな人たちとの出会いや別れを通じて、とよは自分なりの絵の世界を目指していく。クライマックスとしては関東大震災もあって、物語としてもスリリングで読み応えがあった。
継承者の苦しみ。そして時代から取り残されていく焦り。そんな彼女の葛藤が、混乱する明治と大正の世界観にマッチしていたように思う。NHKの朝の連ドラで見たいと思う作品だった。
ブログの更新はFacebookページとTwitterで告知しています。フォローしていただけるとうれしいです。
『高羽そら作品リスト』を作りました。出版済みの作品を一覧していただけます。こちらからどうぞ。