最強に効果的な一人称
小説において人称はもっとも重要で、作品を書くたびにどうするか悩む。物語の進行としては、一人称のほうが書きやすい。『わたし』あるいは『僕』という視点で物語を紡いでいくので、その人物の主観を貫き通すことができるから。つまり言いたい放題できるwww
だけど場面転換が多かったり、物語の鍵を握る強いサブキャラがいる場合、三人称でないとうまくいかない。ボクは新作を書くたびに悩み、三人称で書いた小説を一人称に書き直したこともある。もちろんその逆も。
ところがある小説を読んで、これほど効果的に一人称を使っている作品は他にないだろうと感じた。この物語に関しては、一人称以外には考えられない。なぜならその主人公は、世界的に有名な人物だから。
2022年 読書#28
『帰ってきたヒトラー』上巻 ティムール・ヴェルメシュ著という小説。この小説は2012年の出版だけれど、2015年に映画化されている。ボクは最初に映画を観て、とても感動した。それでこの作品の原作を読むことにした。
いつもながら、やっぱり原作は圧倒的に面白い。1945年4月30日にベルリンの地下要塞で自殺したヒトラー。ところがそのヒトラーが2011年の世界にタイムトラベルしてしまったという物語。
自殺したヒトラーは下士官によってガソリンをかけて焼かれている。この小説では丁寧にも、現代に帰ってきたヒトラーの軍服がガソリン臭いという設定になっていた。つまり実在のヒトラーに繋がるよう、かなり細かく書き込まれている。だから面白い。
そして最初に書いたように一人称というのがいい。読者は常にヒトラーの目線で物語を見ていく。最初は1945年だと思い込んでいたヒトラーが困惑する様子に、読者も一緒に参加してしまう。そして新聞からこの世界が2011年だと知っていく過程にも感情移入することができる。
キオスクの経営者に助けられたヒトラーは、テレビ関係者に見込まれてコメディアンとしてテレビ出演する。一回出ただけで番組の反響が大きく、YouTubeの再生回数はあっという間に70万回を超えた。ここまでが上巻。
映画でも感じたけれど、ヒトラーの頭の良さと変化への柔軟性に驚く。最初は新聞で情報収集をしながら、やがてコンピュータを使ってネットで現代社会を学ぶ。戸惑いつつも、携帯電話を使っている。
その一方で、犬の散歩をしている女性が犬の糞を始末していると、その女性を変態だと非難する。おそらく1940年代に犬の糞を取る人はいなかったのだろう。個人的な趣味で犬の糞を収集していると思い込んだらしい。過去の概念に固執している部分と、そうでないところが混在している。それがこの小説のヒトラーの魅力だろう。
やはりそれは一人称が効果的に機能しているから。おそらく下巻では彼の持つカリスマ性が顕著になってくるはず。映画での結末は知っているけれど、原作がどのようになっているのか楽しみ。早速、今夜から下巻を読むつもり。これこそ風刺小説と言っていい、とても素晴らしい上巻の仕上がりだった。
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