現代でもヒトラーはヒトラー
ここのところ、ボクの頭の中で脳内再生が止まらない曲がある。まだ18歳のカナダの女性で、ローレン・スペンサー・スミスというシンガーソングライターのヒット曲。11歳のころからYouTubeでカヴァー曲を歌い始め、最近ではTikTokでアクセス数を稼いで注目されるようになったそう。
今年になっていきなりアメリカとイギリスのビルボードでベスト100にランクインしてきて、最近でもベスト30位以内をキープしている。『Finger Crossed』というタイトルで、サビの美しいメロディが耳について離れない。この曲が数日前にようやくミュージックビデオになった。
聞いてもらえばわかると思うけれど、メロディの良さはもちろん、彼女の声が素晴らしい。少しハスキーな声で、不思議な魅力がある。ちょっとポッチャリ気味な外見だけれど、これからアルバムをリリースすることになるだろうと思う。未知の可能性を秘めているような予感がするので、今後の活躍に期待している。
さて歌手じゃないけれど、民衆から多大な支持を得た人物の小説を読了した。
2022年 読書#29
『帰ってきたヒトラー』下巻 ティムール・ヴェルメシュ著という小説。上巻の感想については『最強に効果的な一人称』という記事に書いているので参照を。
もし現代にヒトラーが蘇ったらどうなるか? それをテーマにした風刺小説。上巻では2011年にタイムトリップしたヒトラーの困惑と巻き返しが描かれている。コメディアンとしてテレビに出場したヒトラーは、あっという間にドイツ国民の人気者になっていく。
下巻では彼のカリスマ性がさらに発揮されて、国民だけでなくドイツの政党からもラブコールが届くようになった。彼のテレビ番組を持つようになり、視聴率はうなぎ登り。テレビ局も彼を支援することで、メディアを支配していく。
つまり現代に蘇っても、ヒトラーはヒトラーだったという物語。最初は戸惑いつつも、ネットやコンピュータをうまく利用することで世論を味方につけていく。その背景となっているのは、ヨーロッパにおける移民問題。
もしヒトラーが現代に生きていたら、ポピュリズムを打ち出すことで、ドイツ国民の生活を移民から守ることを宣言するだろう。小説ではその方向へと話が進み、このままでは20世紀のようにヒトラーはドイツの元首として立ち上がるのでは、という雰囲気を感じさせたところで小説は終わる。
映画では、本物のヒトラーではという疑いが一部の人たちに出てくる。でも小説のヒトラーは、いきなり現れた魅力的なコメディアンに終始している。なのに政党の党首と番組で対談すると、相手はたじたじになってしまう。だってヒトラーだからね。
笑いつつも、実に恐ろしい小説だと思う。実際のヒトラーは、いまの中国の元首のように最初から独裁者として登場したわけじゃない。ドイツ国民が選挙で彼を選んでいる。そうなると現代でも同じことが起きても不思議じゃない。民主主義の重要性と脆弱性が風刺によって描かれた素晴らしい小説だった。
ただヒトラーを礼賛すると誤解されかねないので、なかなか難しい面を持つ物語であるのは事実。一人称で書かれていることで、どうしてもヒトラーに共感してしまう。彼の頭の良さに惹かれ、心のどこかで応援したい気持ちが湧いてくる。
つまりそれこそが、民主主義という多数決主義が有する弱点なのかもしれない。そう考えると、この小説をただ笑って読了することはできないと思う。これでこそ風刺小説なんだろうね。
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