認知症目線の映画に号泣
久しぶりに声をあげて号泣してしまいそうな映画を観た。妻が近くにいたのでどうにか抑えたけれど、もし一人で観ていたら激しい嗚咽を抑えられなかったと思う。辛いのは感動の涙ではなかったこと。ただ、ただ、悲しい。そしてそれは誰もが経験するかもしれないことだから辛かった。
2023年 映画#21
『ファーザー』(原題:The Father)という2020年のイギリス・フランス・アメリカの合作映画。出演しているのはイギリスの俳優さんばかりで、かつロンドンが舞台。だからイギリス好きのボクとしては、完璧なイギリス映画だと認識している。
この作品のすごいところは映画の目線。主人公はアンソニーという80歳の老人。演じているのは同じ名前のアンソニー・ホプキンス。映画のほとんどが、このアンソニーの目線として描かれている。
アンソニーは認知症を患っていて、娘のアンの世話になっている。でもアンソニーは気難しい人物で、介護士の女性たちとうまくいかない。被害妄想も激しくて、いつも自分の腕時計を盗んだと言って介護士の女性に暴言を吐いてしまう。
アンには妹がいたけれど、事故で早逝している。でもアンソニーはその事実を受け入れることができず、妹が生きていると信じている。なぜ連絡してこないのかとアンを困らせる。とにかくアンソニー・ホプキンスの演技が素晴らしすぎて、彼を称賛する言葉が見つからない。ボクがこれまで観た彼の作品では、『羊たちの沈黙』や『日の名残り』に肩を並べるほどの名演技だったと思う。
最初に書いたように、この映画はアンソニーの目線で物語が進行する。だから不思議なことが次々と起きる。最初アンは、恋人ができたのでパリへ引っ越すことが決まったという。だからこのまま介護士を拒み続けたら、老人ホームへ行くしかないと責める。
そうかと思えば、アンソニーはアンとその夫であるポールと暮らしていたりする。自分の家のはずなのに、ポールが彼の家だと言い張ったり、娘のアンが全く違う顔の女性として接してくる。認知症の人が家族の顔を判別できなくなるのは、こんな感覚なんだと思う。とても怖いし、とても悲しい。
最終的なオチとして、アンソニーは数ヶ月前から老人ホームにいたことがわかる。アンは週末にパリから面会に来るだけ。別人に見えたアンとその夫は、施設の職員だった。記憶が錯綜して混線する状況が映像で見事に描かれている。認知症の人は、こんな不安と恐怖のなかで生きているのだろう。胸が苦しくなった。
うれしかったのは、新任の介護士であるローラを演じたイモージェン・プーツが出演していたこと。つい最近、『ファニー・ガール』という作品で主演していたのを観て、とても魅力的な女優だと思っていたから。今回は亡くなったアンソニーの娘にそっくりという役どころで登場している。
ボクが号泣したのはラスト近くの場面。自分のいる部屋が老人ホームだと気づいたアンソニーが、急に子供返りをしてしまう。自分の母親の話をしたとたん、幼い子供に戻ってしまった。そして「ママ〜、ママ〜」と叫んで号泣する。
「ママに会いたい。ママを連れてきて〜」と泣きながら介護士にすがりついているアンソニーの姿を見て、ボクは耐えきれずに本気で泣いてしまった。いまこうして書いていても涙が出てくる。高齢者の認知症に関して、患者の目線で描かれた貴重な作品だと思う。ぜひ、大勢の人に観て欲しいと思う。
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