自我の正体は過去の記憶
自分という存在、つまり自我の正体は過去の記憶。自分自身について語ろうとすれば、物心ついてからこれまでの記憶を元にして説明することになる。出身がどこで、学歴や職歴はこうこうで、今はこんな仕事をしていて、家族構成はどうのこうのという話になるはず。
未来の自分を想定して自分を語る人はいない。ロックスターになりたいと思っている少年が、自分はロックスターだとは言わない。やはり過去の記憶に基づいてしか自分を説明できない。つまり記憶をなくしてしまえば、自分を証明することができなくなる。
記憶をなくしたとしても、自意識というものは存在する。でも近くに自分を知る人がいなければ、何者であるかを他人に伝えるすべがない。ボクたちはそんな過去の記憶を自分だと思い込んで生きている。もしそれが失われたなら？ そんな状況をテーマにした映画を観た。
2023年 映画＃27
『リピーテッド』（原題：Before I Go to Sleep）という2014年のイギリス、アメリカ、フランス、スウェーデンの合作映画。主人公は暴漢に襲われた怪我のせいで、一度眠って目が覚めると20代前半の記憶しか残っていない。だから40代の自分を鏡で見て、毎朝驚くことになる。
そんな記憶障害のクリスティーンを演じるのはニコール・キッドマン。出演者は少なくて複雑なストーリーなので、彼女の素晴らしい演技が堪能できる秀作だった。スリラーの要素も強くて、ハラハラドキドキさせられる作品だった。
クリスティーンは目覚めると同じベッドに知らない男が寝ている。パニックになった彼女に対して、その男は自分が夫のベンだと名乗る。そしてアルバムを見せることで、二人が夫婦だったことを教える。つまりそれが毎朝続けられることになる。
夫が出勤すると、謎の電話がかかってきた。マッシュと名乗る医師は、クリスティーンの主治医だという。そして彼の言うとおりに寝室のクローゼットを開けると、ビデオカメラが出てきた。そこにはマッシュの指示を受けて、眠る前にクリスティーンがその日の出来事を録画している映像が残っていた。
この映像を通してみることで、治療を始めてからの経緯を知ることができる。クリスティーンにはクレアという親友がいることがわかった。さらにアダムという子供がいたことも知った。夫のベンはクレアとは縁が切れたようなことを言い、アダムは幼いころに死んでしまったと説明。悲しませたくないから、隠していたと説明した。
ところが少しずつ隠された事情がわかってくる。先に結論を書いておくと、クリスティーンは怪我の前に浮気をしていた。どうやらその別れ話がもつれて、浮気相手に殺されれそうになった。夫のベンとは４年前に離婚していた。クレアとの友情は壊れていなかったけれど、クリスティーンが記憶をなくすようになってから、一度だけベンと過ちを犯していた。親友を裏切ったことが辛くて、クレアはクリスティーンから離れていた。
こうなるとクリスティーンを襲った人物が気になるところ。そして衝撃的な事実がわかる。クリアと会ったクリスティーンは、ベンの風貌について話が噛み合わないことに気づく。つまり彼女がベンだと思って暮らしていた男は、実は彼女を殺しかけた浮気相手だったというオチ。
そのことがバレた偽物のベンは、再び彼女を殺そうとする。危機一髪で逃げた彼女は、ようやく本当の夫と出会う。そして死んだと思い込まされていたアダムは、成長した少年の姿でクリスティーンと再会するというエンディングだった。
よくできたストーリーで、どんでん返しには驚いた。最初は浮気を知った夫のベンがクリスティーンを襲ったと思っていたから。とにかく偽物のベンを演じたコリン・ファースの演技が秀逸。どちらかと言えば善人を演じることが多い彼。でもこのサイコパスの役は、コリン・ファースの新しい一面を見せてもらえて嬉しかった。やっぱり才能のある俳優だよね
そして最初に書いたように、ニコール・キッドマンの演技が本当に素晴らしい。ちょっと怖いけれど、人間が自分を忘れるとどうなるかを教えてもらえる作品だった。
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