「黒死館殺人事件」と「ドグラ・マグラ」
クルーズ中は時間が余りそうなので、その時間を読書に充てることにした。読了したのは「黒死館殺人事件」と「ドグラ・マグラ」、そして「グレイト・ギャツビー」。
日本三大奇書の二つに数えられる前二者だが、個人的に明らかに優れていると思うのは黒死館のほうで、冒頭から流れ出る爽快なまでのペダントリーは読了後まで読者を飽きさせず、まるでモーツァルトを聴いているときのように、「この時間がいつまでも続いて欲しい」とまで思わせてくれる。
「ファウスト」を基調にした謎を追いかけながら、グプラー麻痺やエルブ点反射などの医学用語、ミンコフスキー空間やド・ジッターとアインシュタインの論争、ボーデの法則などの物理天文学、その他さまざまな心理学や錬金術、毒物学などの学術用語を振りまきつつ、核心に迫っていく。そのペダントリーは昭和10年に発表された作品とは考えられないほどのものであり、作者が意識していたであろうヴァン・ダインもかくやと思われるほどの内容である。
澁澤龍彦がいうとおり、もはや謎も犯人もどうでもよく、流されるままに文章を読んでいくだけで楽しい、まさにアンチミステリである。いつ読んでも面白いだろう。
たいして「ドグラ・マグラ」は最終的な結論は明かされず、すべては胎児の夢なのか、犯人は呉一郎なのか正木なのかなど、確たる示唆はされていない。また途中の「資料」の部分があまりに冗長で、作者の息子も「お父さま、それでも、この阿呆陀羅経は長すぎるよ」と言ったそうな。
でもこの幻想的な文体が好きな人も多いそうで、ハマれば夢中になるのかもしれない。
人生とは現実であるか、もしやすべては幻想ではないのか。「胡蝶の夢」を想起させる「ドグラ・マグラ」は、人生のうち、どのステージで読むかで感想が変わってくるような気もする、