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会津戦争を歩く。その三

会津戦争を歩く。その二の続きになります!



慶応四年八月二二日。


猪苗代城を難なく通過した新政府軍は、更に若松城へ向けて豪雨のなかを突き進みます。


そう、この日は台風でした。


同じ頃、会津兵はとある橋の破壊へ向かっていました。


十六橋…旧若松街道を通す、猪苗代湖から流下する日橋川に架けられた石橋で、若松の城下に入るにはこの橋を渡らなければなりません。


その橋を破壊してしまえば、敵の進軍を食い止めることができる。ましてやこの天気…もともと水量の多いこの川が増水した今なら、容易く突破されることはないはず。


会津兵も豪雨のなかを急ぎます。



そして、橋に到着し破壊に着手したまさにその時、向かいから激しい銃火が…



橋を破壊される可能性を危惧し、想像を超える速さで猛進してきた新政府軍でした。

その勢いときたら、半端ではありません。対岸からの銃撃に留まらず、破壊もそこそこの橋を突進、さらには増水など何のその、次々と川に飛び込み向かってくる兵たちも…


疾風の如き突撃に、ついに会津兵は破壊を諦め退却。


橋を陥した新政府軍はそのまま東軍を圧して南岸の戸ノ口村へ雪崩れ込みます。


次なる戦場は戸ノ口原…方一里余に渡る広原で、あるのはわずかな丘陵のみ。遮るものはなにもない、勝敗は即ち兵力により決まる環境にありました。



一方、頼みの猪苗代城と十六橋をいとも容易く破られたとの報を受けた若松城は大きく揺らぎ、手薄ななか兵をかきあつめ戸ノ口原へと飛ばします。


少ない勢力、劣る武器で応戦する会津兵ですが、それを嘲笑うかのようにますます増える敵軍…


多くの死者を出し、戸ノ口原の戦いもまた会津兵の敗走という形で幕を閉じます。



この戦いに幼き身を投じていたのが、本来は予備兵力であった16〜17歳の少年兵、白虎隊の中二番隊士たちでした。


負傷者を抱えながら落ち延びた先が「白虎隊の悲劇」として有名な飯盛山の地ですが、そこまでの道のりも壮絶なものでした。


なんとか敵の目をかいくぐり戸ノ口原の戦いを離脱した隊士たちですが、またしても西軍に遭遇…行く手を阻まれ絶体絶命な彼らの脳裏に浮かんだのは、この先に戸ノ口疎水の洞門があるということでした。


この洞門は飯盛山の麓へと繋がっています。そして山の南側へ回れば、会津の街を見渡すことができます。


冷たい水のなか疲労と空腹が苛む身体を引きずり、山道に足を取られながら辿り着いた先で彼らが目にしたのは、はるか遠くに霞む若松城が炎に包まれている光景でした。


城が、燃えている…会津は、陥ちた。

自分たちの守るべき主君もきっとあの中に…


その場にいた20人の隊士は、示し合わせるでもなく揃って自刃しました。


実はこの時、若松城は燃えていませんでした。城下町に火が放たれて焼け広がっていた様子を、遠くから見た隊士たちが城の炎上と勘違いし死に急いでしまったという、勇敢というよりかは悲劇と呼ぶにふさわしい最期…



というのが定説ですが、最近広まりつつあり、より有力であるとされている説が下記になります。


隊士らは、燃えているのが城ではないとわかっていた。会津はまだ陥ちてはいないと知ってはいたが、負け戦になるのは必至。敵に捕まり恥を晒すことになるならば、いっそ己の手で…と自決の道を選んだ、というものです。


この時、彼らの中でも、城に戻って戦うことを望む者や敵陣に乗り込み玉砕することを望む者と、自決することを望む者とで意見が分かれ激論が交わされたと言われています。


自刃というものが誇り高き一つの武士の象徴であるということで、幼くも武士であろうとした彼らの想いには痛々しいほどの美徳を感じますが、


現代を生きる戦を知らないただの歴史好きな小娘の個人的な意見を述べさせていただくとしたら、

かけがえのないその命、ひとたび戦に投じてしまったのなら、最期の瞬間まで敵にほんの擦り傷でも負わせることに懸けて欲しかったな、と。


いやしかし。一人の男として戦いに出ることを決めた人に対して若いだの幼いだのと言うのは罪なのかもしれませんが、

こんなに若い子達の死に方がどうのこうのと考えさせられてしまうなんて、お姉さんは悲しいよ…


白虎隊は16〜17歳と申しましたが、中には生年月日を改めて15歳として志願して入った者や、幼少組として13歳の少年も加わっていたそうではありませんか。


命の重みに歳も性別もないですが、先の二本松少年隊と言い、後日触れる若松城の籠城戦と言い…本当に会津戦争は暗く悲しい歴史です。


けれども!哀れんだところで過去が変わるわけでも死者が浮かばれるわけでもない。「あーあ、かわいそうに」で終わらせてしまっては何も生まれない。

悲しい運命の中で明日に願い、朝を乞い強く生きようとした人達の想いを、想像に過ぎないけれど、今の世に伝えていきたいなと思うのであります。



さて!前振りが長くなりましたが、今回のお話の中で実際に訪れてきた場所のご紹介です!


十六橋と戸ノ口原は、… 割と近くまでバスで行けて、地図上でも場所を確認してはいたのですが、バスの時間と他の予定が噛み合わず断念。やはり地方を巡るにはレンタカーですかね。割と日常的に運転はする久城ですが、免許を取得して五年経ってまだ一度も給油したことがござらんので(笑)、先日の登山装備に加えてそこから鍛えてゆきたいと思います。


ということで、いきなり今回の大舞台「飯盛山」です。




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麓から途中まではエスカレーターがあるのですが、もちろんそれは使わず、階段でもなく…たまたま脇道から回っていったもので、図らずも白虎隊たちと同じ到達点、戸ノ口原から敗走し抜けてきたという洞窟に出会いました。




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ここを、戦いに傷付いた身体を引きずり抜けて来たのかと……先日の山道もそうですが、

生きる時代が違うと言ってしまえばそれまでですが、本当に同じ世に生きる同じ人間として信じられないというか、壮絶すぎて泣きたくなります。いかんいかん。悲壮感に呑まれそうになるのをこらえて、彼らの足跡を辿ります。さらに上って、彼らのお墓と、自刃したとされる地へ。




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例によってお墓は写しておりませんが、自刃の地のこの像。血に濡れ泥に塗れ…洞穴を潜っていたわけですから重たく水も吸っていたことでしょう。


やっとの思いで辿り着いたこの地で、彼らは見ました。若松城下の燃えている姿を。




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本当に遠いのですよ。若松城。探すのも少し大変でしたが、スマホの簡素なアプリで矢印を天守に合わせるのも一苦労でした(笑)



これだけ遠く小さければ見間違えもするなと思いますが、そうでなく城自体は無事だと知っていたとしても、満身創痍の彼らに諦めるなこれから城へ援軍に向かえというのも酷な話ですよね。


複雑な思いのまま、簡単に手を合わせて参りました。


と言うのも、飯盛山、とても混んでいました!今回福島で回った地の中で、若松城(鶴ヶ城)の次に賑わっていたと思います。


それだけ白虎隊は有名なのだなと感心しつつ、本道からひとつ脇にそれた道にある白虎隊伝承史学館へ。




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こちらはほとんど人がいませんでした。お陰でゆっくり見学できました。実際に使われていたらしい武具や日用品に鳥肌…!



受付のおばちゃんに勧められ断りきれずに食べることになった寒天くず餅…だったかなぁ…ごめんなさいうろ覚え(笑)も黒蜜たっぷりで冷たくて美味しかったです!



そして、その向かいにあるのが、旧滝沢本陣。


会津藩が本陣としていた所で、新選組も出入りしていたとか。また、戦の時には会津藩主松平容保公みずから出陣し、味方の士気を大いに高めました。刀傷や弾痕など、戦闘の痕跡が見られるとのことでしたが、残念ながら工事中!ざんねん!!




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先ほどの史学館のおばちゃんによると、かなり前から工事中のままだそうで…次来るまでには終わっていて欲しいなぁ。



ということで、今回はこの辺で!続きはまた明日お送りします☆




-ライブ情報-


9月3日(土)

ノンジャンル異種格闘技対戦

国分寺Morgana

18時頃〜 予定

前売¥1800 当日¥2300+1D

【出演】久城ほゆき/はしもとりお/Tirol/Airtonic/ ..and more!!


9月4日(日)

Girls evolution in GIGS

会場:

Live House GIGS TOKYO KAMATA

開場15:30開演15:45

料金:2000円+1D

出演:久城ほゆき、凰夕夏、他

9月5日(月)

「エレクトリカルパレード vol2」 

渋谷REX 

開場18:00開演19:00(予定) 

出演:利根さやな、久城ほゆき、他 






久城ほゆき生誕ワンマンライブ2016開催決定!!

2017年1月28日(土) 夜

恵比寿aim

予定を空けて詳細を待たれたし!


コメント (1件)

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  1. その三更新、ありがとうございます。
    わしは、やはり戦って死にたい。


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久城ほゆき(くじょうほゆき)

久城ほゆき(くじょうほゆき)
生年月日:平成3年12月27日
出身地:下総国

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