命
切なる思いを涙ながらに語る人がいる
私にできることなどたかが知れているが
それでもできることを精いっぱいさせていただく
ただその積み重ね。
人は必ず人としての生を終える時がきます
誰もそれを避けることはできません。
想う気持ちは十分伝わっているもので・・・
自然に訪れる流れは
その揺らめきのまま
風に逆らい立つ自分と
目の前で風に揺れる木々や草花との違和感を感じた瞬間
風に吹かれて倒れてみることも時には大切だと気がつく
倒れてみてそこに咲く1ミリ程の小さな花が存在を知ることで
すべてが命なんだな~とはじめて心の奥底の深い部分で
静かに一粒の波紋が広がるように悟る。
そんな心の波紋を人生の中ではたしていくつ起こせるのか・・・
理屈を超えた言葉すら発せない心が一瞬で整理されるとうな
そんな光の波紋を人はどれだけ多く自らに起こせるのか。
次の瞬間には現実に引き戻される惰性や習慣との
葛藤が苦か楽か、損か得か
どちら側を基準に動いているかが常に問われているのでしょうね
私はまぎれもなく惰性の人生だと感じます。
損得も欲もありますから^^)
それでも手前で踏みとどまることのできる意思だけは
常にもっていようと感じて生きています。
先に欲するのではなく
まずすべき事を始める
始めたら継続する
そして最後まで貫くことろに道はできる。
それが信じ仰ぐという事であり
それが信仰となります。
自分がすると決めたことを大切にする
ただそれだけで十分なのです。
形や物にこだわる必要もなく
例えばそれが
山であっても川であっても景色であっても
自らの心が通うことで
それが生きてくるものとなり
宿る流れは自然に気を繋げてくれます
護りや浄化とは
その気を得られているところに生まれるものです。
合掌 浄霊師 神島千尋
お線香など
いくらでも差し上げます^^!
>あやさま!