【見るということ】について(1)

【見るということ】について(1)

どうしてあの時あのプレーを?



兼ねてより、サッカーの現場において「見るということ」について考えていたことがあります。

あるひとつのミスが起こった時にその選手に対してまわりの状況を『よく見ること』、あるいは『あの選手は見えて(いる)いない』といったフレーズをサッカーの現場でよく耳にします。以前から考えていたというのは、本気でプレーしていてよく見ようとしていない選手なんていないのではないか?本当に見えてないのだろうか?同じようなミスを繰り返してしまう選手が『よく見よう』と言われただけでは解決し難いのではないか?という視点です。


ちょうど10年前のことになるでしょうか。

ベレーザ時代のある試合中のことです。

味方選手がセンターサークルより少し前でフリーでボールを受けたという攻撃場面で、左サイドのタッチライン際にポジションをとっていた私の背中に向かって、そのすぐ後ろのベンチから『行けよ!!』の怒声が響きました。ベンチにいるスタッフからすれば、私が前に走り出しさえすれば(そしてそこにパスが通れば)相手の背後を取れるというまさにそんな瞬間だったのです。しかしそのイメージがなく動き出せなかった私は『えっ、いま??』と思った事を鮮明に覚えています。

この場面、目に見えるミスではなかったかもしれませんが、見方を変えればひとつのチャンスを逃したとも言えます。サッカーに唯一無二の答えはありませんから絶対とは言い切れませんが、あの瞬間相手の背後を取れれば大きなチャンスになった。サッカーの経験も知識も、私よりはるかに豊富に持っている監督及びコーチはそれが分かっていたから『行け』だったのです。けど私にはその選択肢が持てなかった。


またある時は、

味方からパスを受けてトラップをして2タッチ目で出したパスが決定的チャンスになった。そのシーンを後から振り返ってみると『そう言えばあの時なんであそこに出せたんだろう。見えてなかったのに』なんてことがあります。映像で見返してみても『相手がここにいたのによくこのパス通ったな…』といった具合に。

もちろん、試合中出すパスのほとんどは周囲の状況が見えている中でのパスですが、ごく稀にですがこういったことがあります。


最初の例でいえば、目を閉じていた訳でもなく下を向いていた訳でもなく、確かにまわりの状況が視覚的には『見えて』いました。タッチライン際にいた訳ですから自分の背後に注意を向ける必要はなく、ピッチのかなり広い範囲が視界に入っていたと思います。


2番目の例でいえば、目を閉じているのと同様にパスを送った先の状況が視覚的には『見えていない』のです。(ただし厳密にいえばボールを蹴る瞬間はボールを見ますので、蹴る直前に顔が上がっていたか(見えていたか)という視点です)

でも身体が勝手に動いて気が付いたらパスを送っていた、そんな感覚です。


見えていたのにできなかった裏へのアクション。

見えていなかったのに出せたスルーパス。


この違い、なんだと思いますか。



次回(2)は

サッカーにおいて見るってつまりどういうこと?

について考えていきたいと思います。

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ニックネーム:かなぴー
生年月日:1983年7月20日
血液型:A型
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