新しい日。

【新しい日】

※こちらは2月1日にfacebookにあげた記事になります。自分自身の備忘録としてもこちらにシェアさせて頂きます。


おはようございます。


ご存知の方もいらっしゃると思います。


昨年の12月31日に


最愛の父が他界致しました。


わたしは養子ですので、育ての父ではありますが、わたしにとっては「父」と言えばこの人だけなんですね。


ただ、我が家は特殊と言えば特殊。


でも現代的と言えば現代的。


連絡を取り合う頻度は一般的に見ても少ない方だっと思います。


昨年のとある日に


父が余命1週間であると言う話がわたしの留守電に育ての母から入っており


急いで駆けつけた2017年12月20日。


その日の会話が最期となり


余命よりも4日の期間を延ばしながらも


2017年12月31日にその肉体の限界を迎え


永眠に至りました。


不思議な事に父との思い出は楽しい思い出しか蘇らず


亡くなってから、記憶の亡霊に取り憑かれています。


未だ、涙腺は思い出せばにすぐに決壊します。


常に護ってくれた父。


育ての母はとても厳格なのに相反し、父はいつでも冗談を言っては笑わせてくれました。


育ての母も、今思えば精神的に限界だった頃


その矛先が集中的にわたしに向き


肉体的にも精神的にも母や祖母から特に激しく暴力を受けていた時期が思春期の間ずっと続きました。


父はその頃の事を唯一

「護ってやれなかった。逃げていた。」


と、わたしに謝ってきた事がありました。


でも綺麗事でも何でもなく


どんな状況で生まれ、育とうとも


わたしの場合親を恨んだ事は1度たりとありません。


常に

「理解しょう。理解しょう。」


を繰り返してきました。


でもね


寂しかった。


悲しかった。


これが本音かな。


家族、家庭と言う安心感を感じた事が無く


どこかで理想の


「家族愛」「親子愛」に


憧れを持ち、そして渇望していたのかもしれないな。なんて今は思います。


そんな父との思い出や父とのお別れを


本当は告別式でしたかったのですが


呼ばれなかったんです。。。


そんな事ってあるんだと、何が現実なのか何なのか事実を知った時はパニックでした。


亡くなったと言う事実も、主人のご両親から聞いたくらいでしたから。


告別式に呼ばれるのって普通じゃないのかな。


普通って何だろうな。


とか、泣き喚きました。


これは養子の宿命なのか


何かのチカラが働いたのか


憶測の域は出ませんが


こんなに心を抉られるほどに悲しい事があるのかと


この1ヶ月は


自分自身の解釈力でしか支えるものがなく


なんとか過ごしていたように思います。


本当に死にそうだったw


色々な事が悲しくて


でもそれと同時に支えてくれた


小針家、友人、受講生。


今回の父の死をもって改めて見えた


『家族』と言うカタチ。


物事は突然


理不尽

不理解

不条理


でやってくるけど


そこで何を学び


そこで何を気付き


そこで何を乗り越えたか。


が自分の器になり


自己改革が生まれ


それがやがて人の役に立つ事に繋がるんだと


今は俯瞰した自分もいながらも


まだ


「悲しみ」の鎖に繋がっていたい自分もいます。


人を弔う時期も必要であり


全快復迄には時間は必要ですが


この様にFacebookと言う媒体で


開示が出来る事に感謝しています。


投稿が出来る様になった事が実は相当な前進でもあるのかな。


暫くは


笑顔時々涙をお許しくださいね。


*対人科学コンサルタント*

こばりりさ



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「こばりひさ」は、対人科学コンサルタントの小針裕司と小針梨沙の二人の名前の合成です。

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