自分の言葉
色々と本を読んだりしていると、「これは!」と思う言葉、名言だったりに出会ったりもするもんで。
8月の敗戦を機に読書量が増えてきて以降、そんな機会も多くなっている兄さんなんですが、そうやって「なるほどなぁ~」と思わされる言葉に出会い、それに感銘を受けたりすると、何かこう、それを人に話したくなったりしません?俺はちょっと前まではそうだったんです。それも、あたかも自分は普段からそういう考え方をしています、みたいな顔をして。
自分が新しく仕入れた知識や考え方に関連した話題が出たりすると、もうその自分の新商品をみんなにひけらかしたい気持ちが逸って、まだ他の人が話している最中であろうと、その言葉を遮って自分の新商品を披露しちゃったり、でもその新商品を披露するだけで終わって、そこから話が広がらなかったりしたもんです。自分の経験から学んだことでなく、ただ本に書いてあったことの受け売りで知ったかぶって話しているだけだから、浅い話で終わるのは当然、そこから話が広がるはずもないんですよね。で、そういう姿って、分かる人には簡単に見抜かれちゃう。俺がそんな自分に気付いたきっかけも、何年か前に人の話を聞いてるときに「アレ?この人は物事の表面を見ただけで全てを知った気になっているんじゃないかな?そして「物識りな自分」をアピールしたがってるんじゃないかな?」という違和感を覚えたからで、そこから人の振り見て我が振り直しに掛かったワケです。
だから今も、本などの外部から仕入れた新しい知識や物の考え方を人に話したくなることも少なくないんですけど、そこは一旦、グッと呑み込むよう努力しています。でも呑み込み切れずに出ちゃうこともまだたまにはあって、そうするとやっぱり後になって自分のちっぽけな自己顕示欲に嫌気が差すだけだし、仲間内であそこはデカいと評判の俺だけに(信じる信じないはアナタ次第)、どうせならそれに負けないくらいスケールもデカい男になりたいですからね。
てことは、相当スケールのデカい男にならなきゃなんねぇってことか・・・ハードででけぇ。いや、ハードルたけぇ。
そういえば坂本龍馬や勝海舟は、聞いた話をそのまま鵜呑みにせず、必ず自分の目で確かめなければ気が済まなかったそうですね。そんなところも、その両名に憧れる所以です。俺もそんな両名のようなでけぇ男になりたい。
ということで、今は本などから得た知識というか、主に物事に対する考え方ですね、それらを、実際にこの目で確かめるということは出来ないけど、自分の経験、記憶と照らし合わせ、様々な角度からその意味を考えて自分なりにしっかりと消化する、そういう作業を繰り返し、ある程度その言葉が自分のものになったなと思えるようになってから口にするよう心掛けています。なんか最近は湯船に浸かりながら頭の中でそんな作業ばかりしていて、休みの日もそんなことばっか考えてるうちに一日が終わりを告げようとすることもあって、そこでまた、俺はこんなことばっかりしていていいんだろうか?なんて疑問が出てきて、今度はそれについて考え始めちゃったりもしちゃったり・・・
と、そうこうしているうちに、「あぁ、今の俺はこの事に対しては間違いなくこういう考え方を持っているんだな」としっかりと確認できたことがいくつかあって、そしてそれがそのまま最近貰ったコメントに対する答えになるものも、ふたつくらいかな?あるので、そいつらをですね、近いうちに書けたらいいなと思っています。
そしてコメントと言えば、ちょっとここのところ、一人の人が複数の名前を使ってコメントしていたり、以前にコメントをくれた他の人の名前を使ってコメントしているんじゃないかと思われるものがあってですね、それは俺の望むところではないし、名前を使われた人も不愉快な思いをすると思うし、それによってコメントを書きづらくなる人がいたとしたら、益々俺の望むところではないですからね。でもそれは、全てのコメントに返事をしている俺にも責任の一端があるのかなとも思うので、ちょっと今、返事を書くのをストップしているんだけど、今後は全てのコメントに返事を書くのではなく、パッと頭に返事が浮かんだものにコメント返しをさせてもらうという形にしたいと思います。あ、ちょっとウマイ返しが思い付かないなと思ったら、そこには無理してコメ返しないというかね。そこでやっつけ的にコメント返すのもまたどうなのかな、という思いも無くはなかったし。
とにかく、不愉快な思いをされた方がいたら謝ります。ごめんなさい。そしてご理解の程、よろしくお願いします。
写真は数日前、練習から帰ってきたときに見た、夕日に綺麗に映し出された遠くの山々。こういうのを見ると、体は疲れていても心が癒されますね。