LIGHT WITHIN(内(うち)なる光)
『闇夜が覆(おお)っても
あなたの内なる光は覆えない』
人の機嫌をとることばかり考えていては
あなたが疲れ果ててしまう。
また、媚びる生き方はいずれ
あなた自身を萎えさせてしまう。
逆に突っ張って意地を張っても、
それは只、粋(いき)がっているだけで、
あなたの中(うち)なる魅力を
曇らせてしまう。
たとえ恰好をつけても、
あなたらしさが現されなければ、
恰好悪さに支配されてしまう。
自然体に生きることは、
粋に生きることでもある。
それは永遠のテーマではあるが、
己自身が右にも左にも
逸(そ)れて行かないための指針になる。
目標や目的を持たない人にとって、
道を踏み外してしまうことは
良くあることだ。
THE BIBLEには、
「幻(まぼろし)のない民は
欲しいままに振る舞う」
とある。
人は誰であれ、
正論は分かっていても
「論語読みの論語知らず」
を身を持って表現してしまう。
しかし、
「失敗は成長のもと…」
と言う様に、
人は問題にぶつかって
初めて謙遜になることを教えられ、
我に返ることができる。
強がって生きるよりは、
己の弱さを自覚して生きることである。
また、世の流れに流されて行くよりは、
立ち向かって行くことだ。
それには、
己の魂に情熱が宿っていなければ、
勇気は湧いては来ない…
あなたの存在価値に気づくことだ。
あなたは偶然に今、
生きているのではなく、
摂理によって
今のこの時に生かされている。
あなたが存在するのは、
天地万物を創造し、
人を大いなる方の
姿に似せてDESIGNし、
また、息吹きを吹き込んでくれた方が
存在するからである。
あなたが今日、
生き動き存在できるのも、
あなたの存在のルーツが
先祖を通しているからなのだ。
創世記の天地創造の中には、
「闇が覆(おお)い混沌としてる中に
『光よあれ…』
と大いなる方が仰(おお)せられると
光があった」
とある。
光は輝きを放つだけではなく、
熱も放つのだ。
大いなる方は情熱の源でもある。
JESUSは、
「わたしを見た者は
大いなる方を見たのだ…
また、わたしを信じる者は
大いなる方を信じるのだ…」
と語っている。
「わたしが道であり、真理であり、
いのちなのです…
また、わたしは世の光である」
と語られたJESUSは、
あなたの魂に光を与えるために
十字架に架かってくれたのである。
今日という日がたとえ、
一寸先は闇と思えても、
あなたの足の灯火、
また、道の光になってくださる存在を
意識できる日となります様に…
『どんな闇も光には打ち勝てない』
アーサー・ホーランド
2016.10.17
http://arthur-hollands.com/
——————————
読みどころ満載の内容となっておりますので、
どうぞご覧ください。