マジョリカ最後の日は慌しい。

10時半に昨日のイベントで仲良くなったスパニッシュジャッジのイスマエルが迎えに来る。

車でどこか遊びに連れて行ってくれる、らしい。

どこにいくのかは、

スペイン語が9割、残りの1割は片言の英語の彼と、

中学校2年で止まってる僕の英語力では分からない。

でも、帰りの飛行機の時間だけは伝えてあるから大丈夫、

と信じてる（笑）

まずは海を背に山に向かう。

マジョリカン（そういう風に言うのかどうかは知らないが）の運転はアグレッシヴだ。

山に向かって伸びた真っ直ぐな道路を、目一杯にアクセルを踏み込む。

シートに上半身が張り付く位。

と、今度は

シートベルトをしていなければフロントガラスを突き破るくらいのモノスゴい急ブレーキ。

まだ渡り始めてもいない親子が、横断歩道の脇に立っていたから。

イスマエルは、当然の笑顔でその親子に横断歩道を渡ることを促す。

僕の笑顔は凍りついたまま（笑）

始めについたのは市場。

どの国に行ってもマーケットは活気がある。



陽気な雰囲気に、僕の心も浮かれ出したそのとき

とても寂しい目をした、片足を引きずったおじいさんが話しかけてきた。

全く分からない言葉を、イスマエルが少しだけ分かる言葉に訳してくれる。

試合の間にやっていたフラメンコのギターを弾いていたんだ、

って言っているらしい。

「オマエ、昨日は頑張ったな」って言ってくれてるらしい。

なんだかとても嬉しくなったけど、

そのおじさんの哀しい色を浮かべた目がとても気になった。

握手をしておじさんと別れるとイスマエルに聞いてみる。

「彼はジプシーなんだ。今日はここ、明日はパルマの東、明後日は南って具合に毎日どこかに移動してるんだ。決まった場所に彼らは住まないんだよ」

僕は、ジプシーの人がどんな境遇なのか知らないけど、

哀しい目の理由とジプシーって響きの切なさが、

なんとなく分かった気がした。

さぁ、乗れ。

イスマエルは山道をガンガンとアクセルを吹かしながら登る。

山間には石造りの家がポツンポツンとあって、

あぁスペインだなぁって気がした。



山腹の小さな村に車を止める。

イスマエルは、バタンと勢いよく車のドアを閉めると黙々と歩き出す。

ここはナントカって有名なミュージシャンが住んでいた村だって言っていた。

そして秘密のパンがあるらしい。

最高にウマイんだぜ、と言っている。

ドンドンと流れる状況に、付いて行くだけで精一杯の僕はとても空腹だったことを思い出した。



美味しい。

マジョリカに来て一番美味しいと思った。

ズカズカと、パン生地をこねているおじさんのすぐ脇まで行って、この生地に使う材料に秘密があるって言ってたイスマエル。

秘密じゃねーのかよ（笑）

食べ終わるや否や、黙々と歩き出す。

足早に村を一周して車に乗り込んだ。

今度は降りだ。

昇りの100倍くらいの恐怖が足の先から頭のてっぺんまで貫く。

突然明るく開けた場所で、やっぱり身体がつんのめるほどのブレーキで止まる。



マジョリカ島のこっち側は、ずっとこんな崖が続いてるんだ。

不思議と、何を言っているのか分かるようになってきたイスマエルが教えてくれた。

僕と肩を並べて、青く輝く海を眩しそうに目を細めて眺める。

さぁ、写真を撮ろう。

一度かけたサングラスを、おでこまでズリあげてイスマエルが言った。



写真を撮り終わると、バタバタと車に乗り込んで更に山を降る。

さぁ、昼飯だ。

僕らは街角のバルで、

揚げたての魚やエビのフライトと山盛りのパンを注文する。

これがここら辺の昼ご飯さ。

イスマエルは次々とフォークでその揚げ物を突き刺して、バクバクと口へ運ぶ。

でも、

僕は段々と近づく別れの時間が寂しくて、あまり食欲が湧かなかった。