ギリシャ紀行 その9
結局、試合の興奮はいつまでも醒める事無く、
ベッドに寝転びながら朝方まで眠れずに薄灰色のビルの背中を見て過ごした。
ギリシャ最後の日。
辺りが明るくなる頃、僕はゴソゴソと起きだして日本への帰り支度を始める。
とはいってもそれはすぐに終わってしまって、ぽつんと取り残されたように僕はソファに座った。
とても唐突に、早く日本に帰りたいって思った。なんだか日本に、とても大きな忘れ物をしてしまった気がして。
辺りが明るくなる頃、僕はフロントに荷物を預けて街に出た。
アテネのどの位置からも良く見える、アクロポリスの丘。
その隣に、もっと高くて頂上に教会のある丘が見える。
最後にそこに行こうと思った。
何度も乗った地下鉄でおおよその場所まで行く。
そこからは自分の勘を頼りに歩く。
最後の日くらい、自分を信じようと思って。
僕は、僕自身をいとも簡単に裏切る。
やっぱりビックリするくらい迷った。
挙句、親切なおじさんに聞いて教えてもらったのは、ちょうどお葬式をしていた教会だった。
違うけど、まぁ、いい。
なんとかたどり着いた丘の入口。
ウワサではケーブルカーがあるって言ってたのに、そんなのはちっとも見えない。
山道は段々と細くなり、心細くなっていく。
でも僕はそこが目的の丘だと信じて昇り続ける。
突然視界は開け、頂上が見えた。
僕は最後の賭けに勝ったことを知り、
ジャケットを脱ぎ、シャツの袖をまくって更に昇る。
眼下にはアテネの街が広がっていて、
頂上にはとても可愛い教会がチョコンと建っている。
やっぱり小さくて可愛いドアから、シンデレラが出てきそうで少しだけ待ったけどそんなことは無かった。
少しだけ残念だけど、もう十分だなって思う。
そして、またも日本へ帰ろうって思った。
時計を見ると、あら!意外に時間が経っている。
僕は慌てて走って丘を降りて、地下鉄に乗っても走る(ウソ)。
ホテルに戻ると、本格的に時間が無い。
駅から空港まで20センチ。
多分、30分。勝手にそう思い込んだ。
結局1時間近くかかって、また焦る。とにかく走れるところは全部走った。
搭乗45分前にチェックイン。
ホッと胸をなで下ろしてイスタンブールへ向かった。
なんだかノンビリな飛行機の到着時間は、
成田に向かう飛行機の搭乗時間を過ぎている。
また走る。
乗り継ぎの荷物検査。
長蛇の列に、航空会社のカウンターで何とかしてもらおうとお願いに行く。
とてもエラそうな髭はやした係員は一言、「急げ!」だって。
飛行機の状況を示したボードにある搭乗予定の飛行機には、ファイナルコールと書かれていた。
なんとか荷物検査をパスしてゲートに向かって走る。
走る。
また、走る。
何とか間に合って、僕は成田に向かって飛び立った。
往きと違って、寝不足と疲れで頭がグラグラする。
シートに座って、ものの5分くらい。
飛行機の高度とは反比例して、僕の意識はどんどんと落ちて行った。
あ、思い出した。
今回、僕はレフェリーシューズを忘れた。
同じような靴を購入して事なきを得たけど、
あまりに初心的なミスに自分自身に腹が立った。
どんどん眠りは深くなって、僕のシューズをシンデレラが持ってきてくれることになった頃には、もう夢だって分かっていた気がする。
なんだかゴチャマゼなストーリー展開だけど、
成田には素敵なシンデレラが靴を持って待っていてくれる気がして、
目が覚めても、余計に郷愁を覚えた。
機内のアナウンスは、日本はもうすぐで着陸態勢に入ると告げていた。
もう靴は必要ないって事に気がつかず、
きっと、シンデレラは到着ゲートにいるはずだと思った。