父娘物語 その4
その場所は、ある方たちにとって聖地なんだと聞いた。
もちろん、
俺はその方たちと同じ趣味はないし、
そんな神聖な場所を侵すつもりも無い。
そこへ行くまでの条件がかなり過酷で、
相当の覚悟が無いとそこまでたどり着けないらしい絶景ポイント、
なんて事を聞いたら、もう行かずにはいられないだけ、
本当に。
その話しを長男にしたら、
「父娘で行くところじゃねぇな」と大笑いしながら言ってたし、
娘も「マジかよっ!」って絶句してた。
そんな人たちと出会う確立の少ない早朝を狙って、僕らはそこに向かう。
まずは目印の池の畔に立つ。
既に車が停めてあってドキドキするけど、
その池に釣りに来た人のものらしく、2人してホッと胸をなで下ろした。
トトロでも出てきそうな森の中の道を進む。
切れるときにブチンって音がするくらい、太い蜘蛛の糸を次々と切りながら。
1キロほど歩くと、森の奥からぼんやりと黒い口を開けたような穴が見えてくる。
うわっ、出たよ!
やばいよ、これ(笑)
人が1人やっと通れるような、ヌラヌラとした岩肌のトンネルを腰を屈めて抜ける。
なんとなくそんな場所だと分かっていると、この怪しげなトンネルも意味がありそうだとひとりごちた。
おおっ!
トンネルを抜けると太平洋を一望。
いや、そこからがまた、
こんな崖の脇の細い道を通って、
ロープを伝って崖を降りる。
で、着いたところが
どうよ、これ。
「うん、オレ尊敬するよ。ここまで来ようって思う気持ちの強さ」
薄曇の隙間から射す太陽に目を細めながら、娘がポツリと言った。
蛭に吸われたところが気になるらしく、しきりに右の足首をさすっている。
俺も、なんだかスゴいとしか言えない海を見ながら小さく頷く。
なんとなく
難関を2人で潜り抜けて来た事や、
同じ気持ちを共有できた事で、
また一つ、娘との間にあった壁を乗り越えた気がした。
僕らは、しばらくこの絶景だけを楽しむ。
そして、どちらからともなく顔を見合わせてニヤリとすると
先を争うように車に戻った(笑)