父娘物語 その3
そのサンライズポイントへの目印はラブホテルの看板だった。
ふくろうを模ったそれは目玉がむき出しの電球になっていて、それぞれ空室、満室と書かれている。
壊れているのか、どちらの電球も点灯していて、
「どっちなんだよ、オイ」って、娘はそのふくろうにツッコんでいた。
本当は、そんな事より父と娘でこんなところにいる方が問題だと思うのだが、
彼女はそこは気にならないらしい。
そこから100メートルほど歩くと断崖絶壁の上に出る。
前には果てしなく太平洋が広がり、ここからでも十分旭日は拝めるだろう。
でも足りない。
父と娘の感動のストーリーをつむぐには何かが足りなかった。
いよいよ入口。
「オイ、どうやって行くんだよ、この先。道なんかねーじゃん!」
前には深そうな藪、左右は切り立った崖。
道なき道の、その先に道はある。
「パパについて来い」
男らしく言い切ると、俺は藪の中に飛び込んだ。
左は海まで一直線の崖。脚がすくむぜ。
右は山を切り取ったほぼ垂直な崖。目がクラクラするぜ。
踏み外したら真っ逆さまに落ちていきそうな所を、一歩一歩慎重に歩く。
「パパの後に着いて来い」
そう言った途端、草に脚を取られて前につんのめる。
「アブねーじゃねぇか」
娘が笑いながら、相変わらず乱暴な言葉を返した。
ようやく到着。
その昔、トンネルが出来るまで国道だった道。
「車とかすれ違えないんじいゃないの?」
娘が言うとおり、幅は2メートルほどでその向こうは何度も言うけど断崖絶壁。
何時の時代まで使われていたのか知らないけど、ずいぶん危険な道だな。
突然娘が叫び声をあげた。
その目線の先を見て、俺も叫び声をあげる。
おそらくは崖の上から落ちて死んでしまったのだろう。
干からびた仔鹿の死体。
しばらく傍らにしゃがみこんでそれを見ていた娘が、
複雑な表情を浮かべる。
きっと家に残してきた仔猫を思い出しているのだろう。
日の出まで後数分。
娘は携帯を取り出してカチャカチャといじり始める。
まぁいつものことだ。
俺はオマエをここまで連れてくることが大事で、
そこから先はオマエの好きにすればいい。
残念ながら、ちょうど旭日が上るであろう明るくなりだした部分は厚い雲に覆われていた。
それでも、
娘は携帯の画面から目を離すと、いよいよオレンジ色に染まりだした空に向かって呟く。
「キレイだな」
また同じ道を戻らなきゃいけないことを考えるとちょっとブルーになるけど、
その一言で心の中が満足感で満たされた。
父と娘の感動のストーリー、第1部としてはまぁまぁかな。
さぁ、第2部へ向かおう。