父娘物語 その5
旧道を南下して、再び房総半島を横断する。
途中で寄った外房の海は、まるで南の島みたに抜けるような青さの海と空だった。
いつの間にか助手席に乗り込んでいた娘は、チャカチャカと携帯の操作に夢中だ。
ようやく2人っきりの空間に慣れてきた俺は、
内容メールの内容を聞く余裕も出てきた。
「なにしてるの?」
家に残してきた仔猫の具合を、留守番をしている長男にメールで問い合わせしていたらしい。
「具合悪いの?」と聞くと、
少し沈んだ顔で「あまり元気がないみたい」って呟くように答えて、また視線を携帯の画面に戻す。
それに対して俺はどう答えていいか分からず、少し重たい空気が車の中に流れた。
心の中では優しい娘だなって思っていたけど。
約1時間で房総半島を横断して内房の上総湊って所に着く。
今度は俺の個人的な趣味に娘を付き合わせる。
俺は、走って千葉県を廻るという少し変った趣味を持っている。
去年は約2週間かけて、千葉を隔てている海や川の近くの幹線道路580kmを走った。
今年はなるべく海岸線を走る、って事をテーマに、
千葉県の東の突端、野田をスタートして利根川を下り、
銚子を廻って、九十九里浜を走りぬき
館山を越え上総湊に至っている。
海際の道を走っていると、何度も行き止まりになった。
それでも、山を越え、川を越えて何が何でも海岸線に出る。
崖を伝い、何度も海に落ちた。
ま、アホだなと思う(笑)
ここから内房の海に沿って、今日は磯根崎まで行くコースに娘を付き合わせる。
さっきまでいた外房と違って内房は趣が異なる。
太平洋の荒波に鍛えられたオトコ的な感じじゃなくて、
静かな波が品良く海岸を洗っていて、なんとなく女性的。
でも、ここはほとんど人の手が入っていない。
もうあるがまま、削れるがまま、って感じだ。
とても不思議な感じのする海岸。
多分、干潮の時しか走れないだろうって海際を二人で走る。
「せっかく陸上部の練習が休みなのに、なんで砂浜走んなきゃいけねーんだ」
ってぶつくさ言いながらも、娘はキレイなフォームで俺の前を走る。
途中にあった、まるでディズニーランドのジャングルなんとかみたいなところ。
奥に、なんと滝もある。
「すげぇな、オイ」
誰に向かって言ってるのか分からないけど、その素直な驚きが可愛い。
途中に現れた小川は、ぐるりと回り道をすれば橋があるのに、
いきなりジャブジャブと川の中を歩き出す娘。
まるで子どもだ(笑)
振り返ると、なんだか無人島の海岸みたい。
実はここ、夏はある趣味の男女が集う場所でもあるらしい。
そんな事を娘に話すと、
「オマエ、そんなところばっかりかよ」
こら、誰に向かって言ってるんだって
まぁ、そんな呼ばれ方も満更でもない俺は笑顔で応えた。
「千葉、奥深いな」
娘は、またポツリと呟く。
たった今、俺が思っていた気持ちを娘が言葉にしたので嬉しかった。
砂で出来た崖は、波や風に削られるままで、いつかは無くなってしまうのだろうか。
それも自然な事なのかな、なんて考えると少し寂しい気持ちになった。
さっきまで前に見えていた東京湾観音が、いつの間にか後ろに佇んでいた。
磯根崎。
さぁ、いよいよ折り返し。