父娘物語 その6
磯根崎を、たった今走ってきたばかりの方向に折り返す。
今度は海岸線と隣接する崖の上を走っているハズの、幻の道を探して。
その入口は、
「謎のループ橋」
ネットではそう呼ばれている。
森の手前にその古い橋はあった。
怪しげな雰囲気がプンプンと漂う、森の奥へと続く草に埋もれた道のスタート。
始めのうちは、とりあえず道らしき痕跡に沿って進む。
が、
しばらく行くとその跡は徐々に細くなり、倒木が行く手を阻んだ。
いよいよ道は消える。
後ろから娘が叫んだ。
「オイ、どこ行くんだ!オレ、女子高生だって言っただろ!」
もう何が目的なのか良く分からない(笑)
ただ、引き返すのだけは嫌だった。
もはや道とは呼べない、僅かな踏み後を辿って前に進む。
顔中に蜘蛛の巣が張り付き、
頭をそれから守って被っていたフードの中は汗ビッショリだった。
俺の背中を見とけ、そんな事を思っていた気がする(笑)
ガシガシと蜘蛛の巣を払い、モクモクと前進する。
不意に道は開けた。
後ろからついて来る娘と顔を見合わせると、
突然、弾けるように笑い出した。
これぞ女子高生って嬌声で。
「キャハハ!オヤっさん、蜘蛛の巣だらけだよ。しかも汗だく(笑)」
なんとも無邪気な笑い声が、人の気配の無い野原に響いて青空に吸い込まれていく。
そこはさっき通った海岸線沿いの崖の上。
以前はパラグライダーの出発地点だったらしい。
ここから飛んでいたのか。
スゲェなぁ。
なんて思っていたら
いつの間にか隣に佇んでいた娘が、
「スゲェなぁ」って呟いた。
大したことじゃないけど、
なんか嬉しい。
更に山の中の小路を歩き続ける。
娘は、疲れてきたのか何も喋らない。
二人だけの
ザクザクと落ち葉を踏みしめる足音と、
荒い呼吸音だけが、誰もいない森にこだまする。
なんとなく、
嬉しい。
不意に木々の切れ間から東京湾観音の後姿が見えた。
あぁ、ありがたい。
2万5千分の1の地図に残る不思議な道路。
等高線の間隔は詰り、勾配が急であることを告げているのに
その道は麓から、大きな観音様が立つ山頂まで一直線に描かれている。
国土地理院から道として認められているのに、そんな急な道って。
いつか、そこを通りたかったんだ。
娘にはナイショだけど。
最後は急な崖を這いずり上がる。
国土地理院は正しかった(笑)
ようやく山頂手前の駐車場の脇に出る。
やっぱり、
俺らは顔を見合わせる。
娘は、今度は笑わずに
かなり満足そうな顔で頷いてから呟く。
「ハンパねぇアドベンチャーだな、おい」