SOLA TODAY Vol.914
誰かに対して誠意を見せるため、相手の気持ちに寄り添う姿勢は大切だと思う。できる限り想像力を働かせ、相手の立場になって考える。どうすれば気持ちよく過ごしてもらったり、喜んでもらえるかをイメージするのは、ホスピタリティの原点だろう。
ただやり過ぎはまずい。特に宗教や外国人の文化に関することだと、善意のつもりが相手に悪意として受け取られてしまうこともある。あるいは誤解を受けることも。
ニューズウィーク日本版の記事。ニュージーランドのイスラム教モスクで、恐ろしいテロがあった。大勢の人が亡くなっている。
ニュージーランドの女性首相であるアーダーンさんは、怒りに震えながら犯人の名前を公表しないと言った。テロリストの目的のひとつに、自分の名を売るというものがあるから。彼女の毅然とした態度に、とても好感を持った。
そして一週間後に追悼集会が行われた。もちろんアーダーン首相も出席している。ただ、その際の彼女の姿が問題視されているらしい。
犠牲者となったムスリムの人たちの心に寄り添うため、アーダーン首相はイスラム教信者の女性を象徴するスカーフを頭につけた。この記事にそのときの様子がアップされている。
これに対して一部の女性イスラム教徒が残念に思い、絶望的な気持ちになった。なぜなら着用義務に対して、現代においては批判的な声が出ているから。女性にだけ着用義務を強いるのは、明らかな女性蔑視であり、父権主義的な古い宗教の名残だという考え方。
新しい時代の女性を象徴すると思っていたアーダーン首相がスカーフをまとったことで、大勢の女性イスラム教徒ががっかりしたらしい。
そして当然ながら、着用義務を絶対視する女性信者もいる。賛成派の人にしてみれば、アーダーン首相はイスラム教に改宗するべきだ、という結論になる。彼女の行動が、イスラム教を支持することだと誤解されているらしい。彼女に改宗を迫る声がいくつも発せられているそう。
これは本当に難しい問題。アーダーン首相がスカーフをつけた気持ちは理解できる。だけど賛成派も反対派も含めて、その行動が誤解を招いたのも事実。変に知ったかぶりをしないで、いつもの服装で追悼集会に出席すれば問題なかったのだろう。
自分が完全に理解していないことは、中途半端にやらないほうがいいということだろうね。当事者でなければわからないことは多い。誠意を見せるとしても、相手の領域へ必要以上に踏み込んでいないかを、一度立ち止まって自問する必要があるのかもしれないね。
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