ろくでなしとセレブは紙一重
今日も全国的に夏のような気温らしい。らしいというのは、自宅に引きこもっているとあまり暑さを感じないから。
でも地元のサンテレビで『神戸まつり』の生中継を見ていると、うちわを片手に歩いている人が大勢いる。かなり暑そう。きっと会場ではアイスクリームやビールが飛ぶように売れているだろうね。
熱いといえば、昨日のボクシングの試合。ボクが期待していた村田諒太選手は判定で負けた。少しだけ試合を生中継で見たけれど、読書に追われていたから結果だけをあとから知った。どうやら疑惑の判定になったらしい。
今日のニュースを見ると、主催していたWBAの会長までが自分の判定では村田選手の勝ちだと発言して、「ひどい判定がもたらすダメージをどう回復していいかわからない」とまでコメントしている。
本来格闘技というものは、相手を叩きのめすまでやるものだろう。どれだけ劣勢でも、最後に立っているものが勝ち。だけどそんなことをしたら死亡者が続出するから、スポーツ産業として成り立たない。だから判定という、中途半端なものが採用されてしまう。
これってフィギュアスケートと同じ感覚なんだよね。応援している選手がいると、結果によっては釈然としない。ビデオ判定やストップウォッチではっきり結果が出るものじゃないからね。やっぱり個人的に判定というものは好きじゃない。
そんなことを考えているとき、偶然にもボクシングに関する映画を観た。
『ナイト・アンド・ザ・シティ』という1992年のアメリカ映画。ロバート・デ・ニーロのファンだけれど、この映画は初見。
ロバート・デ・ニーロが演じるハリーは、ろくでなしの弁護士。新聞記事でもなんでも、争いごとを見つけては金儲けしようとする。あるボクサー選手が起こした傷害事件の弁護に関わることで、ボクシング業界の実態を知る。
過去にはいくつもあったスタジアムがなくなり、選手はいるのに興行主がいない。これは儲け口になると思ったハリーは、知り合いから金をかき集めて、ボクシングの試合を興行しようとする。
相棒としてスカウトしたのが、アルという老人。過去ではすごい選手で、業界に人望もある。ところが心臓に病気を抱えているうえに、マフィアのボスの兄でもある。このことをきっかけにして、ハリーはマフィアに追い回されることになる。
ジェシカ・ラングが演じる飲み屋のヘレンという女性が絡んでくることで、さらにややこしいことになってくる。どうにか金の工面をつけたけれど、そのスポンサーはヘレンの夫。ところがハリーはヘレンとできてしまう。
とにかく口先だけで生きてきたハリーだから、頭の天辺から足の爪先までろくでなし。なんとか試合開始までこぎつけるが、ヘレンの夫にバレて資金がショートする。そしてトラブルに巻き込まれたアルが心臓発作で死ぬことで、弟のマフィアの殺し屋が彼を追いかける。
ラストではマフィアに撃たれて重傷を負うけれど、まだ救急車のなかでも大口を叩いている。映画の流れとしては、ヘレンと一緒にニューヨークから西海岸に逃げるというところで終わる。
全体的にイマイチの作品だけれど、ロバート・デ・ニーロの演技で持っている映画だろう。それほどハリーという役が魅力的。どうしようもないやつなんだけれど、苦笑しながらも憎めない。
ハリーの発想と行動力は、見習うべきものがある。これだけのガッツがあれば、すごい営業マンになるだろう。だけど映画では、ろくでなしは最後までろくでなしだった、という感じで終わる。
それでも実際にボクシングの試合直前まで話を進めたし、資金繰りさえめどがついてたら、ハリーは一気にセレブになったかもしれない。
以前に堀江貴文さんことホリエモンさんが、著書に書いていたことがある。成功しているベンチャー企業の経営者は、ほとんどがバカだとのこと。これはいい意味でのバカ。失敗することなんかなんとも思わずに、自分にやりたいことに突き進んでいく。そしてそのうち大当たりする。
そういう意味では、ハリーはそうしたバカなんだろう。ろくでなしとセレブは紙一重。そんなことを感じた映画だった。
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