時間旅行の悲劇
朝のブログでも書いたけれど、午前中に急用ができたので外出。無事に用事を済ませて、午後からはいつものモードで仕事をした。
ボクのパソコンのトラブルによるバタバタは落ち着いて、妻のMacBook Airで快適に文章を書いている。今までと使用頻度がちがうので、きっと妻のパソコンは驚いているだろうなぁ。大切にするので、よろしくお願いします。
天気予報によると夏の酷暑のピークは過ぎたらしい。これからは残暑と過ごしやすい日が交互にやってきて、やがて秋になっていくのだろう。昨日くらいからは神戸はジメジメモードに入ったようで、かなり蒸し暑い。しばらくは残暑が続きそうだね。
さて、自分の人生の過去や未来がシャッフルされて、世界がコロコロ変わる体験をするとどうなるか?
そんな時間旅行について書かれた小説を読んだ。
『スローターハウス5』カート・ヴォネガット・ジュニア著という本。
この小説より先に映画を観て、気に入ったので読んだ原作。映画については『時間の本質が映像化されてるね』というタイトルの記事に感想を書いている。
映画ではよく理解できなかった部分が、原作を読むことでよくわかった。たしかにこの作品を映画にするのは難しかっただろうなぁ。それも映画化されたのが1972年だったから、技術的にもしんどかったと思う。
主人公のビリーは、トラルファマドール星人に拉致され、彼らの惑星の動物園に収容されている。その地球外生物は4次元の存在で、時間に対する概念が地球人とちがう。時間は過去から未来に流れるものではなく、過去、現在、未来が、すべて同時に存在している。
ビリーもその影響を受け、自分の人生の時間を全体としてとらえている。ただ問題なのは、自分がどの時間に意識をフォーカスさせるか、自由にコントロールできないということ。
少年時代に行くこともあれば、自分が地球で死ぬ瞬間も経験する。そして気がつくとトラルファマドール星にいたりする。この雰囲気が映画では分かりにくかったので、やはり原作を読んでよかった。
このビリーは人生を達観している。それはいいように言った場合にそうなるだけ。悪く言えば、ちっとも面白くないし感情が働かない。なぜなら、人生のすべてを知っているから。
あの場所でどんなことが起き、この場所で自分が体験することをあらかじめ知っている。数えきれないほど行き来したから。旅客機が墜落して、自分と副操縦士以外の全員が死ぬことも知っている。もちろん、自分の死ぬ瞬間もうんざりするほど何度も経験している。
まさにこれは時間旅行の悲劇だと言っていいだろう。何がどうなるかわからないから、ボクたちはハラハラドキドキしたり、全身で喜びを感じたり、落ち込んだり泣いたりする。だけどすべてが決まり切ったことのくり返しなら飽きてしまう。
自由意志があって出来事を変更できるならいいけれど、そうはいかない。すべてが決まっていて、それをただ経験していくだけ。本当の人間の人生はまさにその通りだと思うけれど、先を知っているかどうかのちがいは大きい。ボクたちは自分が死ぬ瞬間を基本的に知らないから、そこから貴重な学びを得ることができる。
この小説を読むと、未来なんて知らないほうがいいと感じる。結果がわかっていることに情熱は持てないから、人生は諦念に満ち、無感情になってしまう。まさに悲劇だよね。そのあたりの様子が、原作を読むことでよく理解できた。
もちろんこの物語で本当に言いたいことは、時間旅行のことじゃない。それは第二次世界大戦中に起きた、ドイツのドレスデンの大空襲のこと。映画の感想でも、そのことについて触れた。
1945年2月、連合国はドレスデンにとんでもない空爆を実施した。軍需工場も基地もない場所だから、これまで爆撃の対象になっていなかった。だから被害者のほとんどは一般市民。戦争を終わらせるため、市民を犠牲にすることでドイツ政府の決断を促したのだろう。これは日本の原爆投下と同じ意味合いがある。
だけどあまりに悲惨すぎて、その事実を連合国側はひたすら隠していた。この小説や映画が世に出たことで、その事実が世界に知らされることになる。空爆直後の死者数だけで言えば、広島の原爆投下や東京大空襲の2倍以上の一般市民が命を落としている。空爆直後のドレスデンは、地獄にしか見えなかったらしい。
もちろん原子爆弾は放射能被曝による死者をその後に招いているから、単純に死者数で比較するべきことではない。だけどドレスデンの空爆が、どれほど常軌を逸したものだったかは想像できる。戦勝国がひた隠しにしたのは、あまりに被害が甚大だったからだろう。
ちょうど日本の8月は戦争を思い返す時期でもある。この小説を読みながら、人間の命について様々なことを思った。そして同時に時間の概念における過去と未来が幻想だとしたら、亡くなった人が生きている時間も常に存在しているということ。ただボクたちがそれを過去としてしか知覚できないだけ。
そんな不思議な気持ちにさせてもらえる小説だった。
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