平和を創り出す人は幸せ
今日のブログのタイトルは、神戸にゆかりのあるドイツ人の言葉。正確には、「平和を創り出す人たちは幸せである」と語っている。
この言葉の主はカール・ユーハイムという人。そう、あのバウムクーヘンで有名なユーハイムの創業者が社員に語ったもの。
そんな彼の人生は、戦争と災害に翻弄された一生だった。
終戦前日に亡くなったユーハイム創業者が歩んだ激動の人生「お菓子は平和の証」
ユーハイムさんの人生について短くまとめられた記事。ボクはこれを読んで、感動してウルウルしてしまった。ユーハイムさんが日本へ来たのは、第一次世界大戦で敵国だったドイツの捕虜としてが最初だった。
1919年に広島で捕虜生活をしているとき、捕虜の作った物品店が開催された。そこでユーハイムさんはバウムクーヘンを作ったところ大盛況。そこで解放されてからドイツにいた妻のエリーゼさんを呼び寄せ、横浜で洋菓子店を開いた。
だがその直後に関東大震災が起きてお店は全壊。カールさんも大怪我を負い、ポケットにあったお金は5円札一枚だけだったそう。だけど命が助かったことに感謝しつつ、神戸の知人を頼った。そこで再起を図り、神戸の三宮でユーハイムの第1号店を開いた。これこそが日本のバウムクーヘンの始まりだった。
ところが再び戦争が起きる。第二次世界大戦が起きたことでカールさんは一時的にドイツへ帰国する、だけど1940年に日本へ戻ってきた。ところが翌年に太平洋戦争が勃発。とことん戦争に魅入られた人生だった。
材料が手に入らなくて、思うようにお菓子が作れない。そのうえ日本の愛弟子たちは赤紙で召集され、カールの息子さんまでドイツ軍に召集された。そして神戸の大空襲で愛するユーハイム第1号店も焼け落ちてしまった。
失意のなか、カールさんは1945年8月14日の午後6時ころ、神戸六甲山のホテルの一室で生涯を終えた。まだ59歳だった。
戦後、奥さんのエリーゼさんはドイツへ強制送還されたけれど、カールさんの愛弟子たちが集まってきた。そしてユーハイムを再興させようと必死で努力する。そして1953年には再びエリーゼさんを日本に呼び寄せ、新しいユーハイムをスタートさせた。
カールとエリーゼさん夫婦の考案したレシピは、いまでも引き継がれているとのこと。添加物を一切使わず、基本は卵、小麦粉、砂糖、バターの4種類。割合は2:1:1:1とのこと。この味がいまでも継承されているから、ユーハイムのバウムクーヘンは美味しい。
ボクも大好きだし、神戸に住んでいる人間として誇りに思っている。いまは神戸の元町に改装された素敵なお店がある。まるでお菓子のお城のようで見ているだけでワクワクする。
こうなったらユーハイムのバウムクーヘンを食べるしかないよね。実はすでに注文してある。通販でしか買えない受注生産のバウムクーヘンで、注文してから到着まで2週間ほどかかる。それが今週中に到着するんだよね〜〜www
ユーハイム夫妻のことを思いつつ、カールさんが亡くなった六甲山のふもとの我が家で、最上のバウムクーヘンを食べるとするか。到着が楽しみだなぁ。
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