善悪の境界線が崩れる恐怖
自分や一緒に暮らしている家族の変化を、一歩引いて客観的に見るのは難しい。太ったり痩せたりするとき、体重は徐々に変化する。老化も日々の変化の積み重ねなので、数年前の写真を見てようやく実感できる。自分のことは意外とわからないもの。
これは見た目だけでなく、人間の信条の変化も同じ。倫理観というものは人生経験を積むことで、少しずつ変化していく。たとえば自分の善悪の概念について、10年前と現在を冷静に比較したら、そのちがいに驚くこともあるはず。気づかない間に人間の観念は変化している。
その変化はいい場合もあれば、そうでない場合もある。悪い場合の変化なら、『初心を忘れた』と言われるだろう。世の中から悪人を撲滅するために刑事になった二人。一人はベテランで、もう一人は新人。その二人のちがいが対照的に描かれた素晴らしい映画を観た。
2022年 映画#109
『トレーニング デイ』(原題:Training Day)という2001年のアメリカ映画。デンゼル・ワシントンとイーサン・ホークが共演している。
ロス市警の麻薬取締課に配属された新人刑事のジェイクを演じるのがイーサン・ホーク。制服警官からようやく刑事となり、妻と生後9ヶ月の娘のために新しい1日を迎えようとしていた。正義感の強い人物で、ロサンゼルスから犯罪者を一掃しようと本気で考えている熱血漢。
ジェイクと組むのはベテラン刑事のアロンゾ。演じているのはデンゼル・ワシントンで、かなりの悪役という彼にしては珍しい作品。『イコライザー』シリーズで派手な殺しを演じている彼だけれど、相手はどうしようもない悪人たち。だけどこの映画では、人間としてかなりヤバいキャラを演じている。
麻薬の売人等を逮捕して実績をあげている。おそらくジェイクのように新人のときは正義感に満ちていたはず。ジェイクを見るアロンゾの様子に、そのことを感じられる。だけどはちゃめちゃな人物で、自分こそがギャングの世界を牛耳っていると盲信している。
犯人逮捕のためには、違法行為も辞さない。新人のジェイクにそう言って、経験のためだと言って麻薬を吸引させる。情報屋と称する売人とも交際していて、やることすべてが常軌を逸していた。とにかく強烈なキャラで、この作品でデンゼル・ワシントンがアカデミー主演男優賞を受賞したのが納得できる。
正義感の強いジェイクに一線を超えさせることで、アロンゾは先輩刑事として教育しているように見える。だけど彼には別の目的があった。ロシアのマフィアをうっかりと殺してしまい、100万ドルを用意しなければ殺されてしまう。そのためにジェイクを利用しようとしていた。
賄賂を刑事幹部にちらつかせて逮捕状を無理やり取った。そして友人だった麻薬売人の自宅へ押しかけ、隠していた400万ドルの金を強奪。もちろん100万ドルはピンハネする。そのうえその友人を殺し、ジェイクが正当防衛で殺したというシナリオに仕立てた。
最終的にアロンゾの実像を知ったジェイクが、自分の無実を証明するため彼に戦いを挑むという展開。結局ロシアマフィアに金を渡せなかったアロンゾは、蜂の巣にされて殺されてしまう。
悩みつつも正義を貫くイーサン・ホークもよかったけれど、悪に徹したデンゼル・ワシントンの演技には鳥肌が立った。普段は正義の味方が多い彼だけに、そのギャップに惹きつけられてしまった。善悪どちらの役もこなせてこそ、名優と呼ばれるんだろうなぁ。
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