今日の言葉 2月3日
『粗雑な精神が繊細になることはできるだろうか?』
粗雑な精神が繊細になることはできるでしょうか? もし私が自分の精神は粗雑なので、それを繊細にするべく努力する、と言えば、まさに繊細にさせるために払うその努力自体が粗雑さの表れなのです。どうかこのことをよく見てください。どうにかしようと思わないで、ただ見守ってごらんなさい。
もしも私が、自分の粗雑さを変えようと思ったり、繊細になろうとしたりせずに、自分が粗雑であることを正直に認め、粗雑であるとはどういうことかを理解し始め、日常生活の中での自分の粗雑さ——すなわち、がつがつした食べ方、人に対するそんざいな接し方、プライド、おごりたかぶった態度、粗野な習慣や下劣な想念など——を観察し始めるならば、その時には、まさにその観察があるがままを変容させるのです。
〜クリシュナムルティ著『四季の瞑想—クリシュナムルティの一日一話』より〜