心の闇が深すぎる
ようやく今取りかかっている仕事にめどがついた。今週中には次の仕事に向き合えそう。小説の書き直しの作業というのは、パラレルワールドを見ているようで面白い。同じ登場人物が、ちがうシチュエーションで別の現実を生きるんだからね。
でも最初の前提ゆえに、自由度が弱いところもある。物語全体が持つ雰囲気があるので、そこを変えてしまうとパラレルワールドになり得ない。それならまったくちがう小説を書くほうがいいから、リライトというのはある制限下で奮闘する作業だと思う。大好きなんだけれどね。
このあとにもうひと仕事終えたら、まったく新しい作品に取り組むつもり。なんとなく構想を考えつつある。だけどそんなボクに衝撃を与えてしまう作品を読んでしまった。ちょっとヤバいほどの影響を受けてしまい、次の作品に波紋を起こしそうになっている。
『あなたが消えた夜に』中村文則 著という小説。
先日、中村さんの『教団X』という小説を読んでめちゃ感銘を受けた。それで著者の作品を手当たり次第に読んでいこうと思っている。ということでその第2弾なんだけれど、これまたとんでもない小説だった。
読み始めたら止まらないのに、読み終えるのが惜しい。そんな葛藤をくり返しながら昨晩に読了した。ちょっとすごすぎる作品。
物語の基本はミステリー小説と言っていいだろう。『コートの男』という謎の犯人による、連続殺人事件が起きる。グレーのコートを着た犯人がそれぞれの現場で目撃されている。基本的な語り手は中島という若い所轄署の刑事。小橋という警視庁捜査一課の女性刑事と組むことで、この難事件を解決しようとする。
最初にある容疑者が逮捕されたことで、警察は混乱する。警視庁の幹部はその容疑者を『コートの男』として無理やり自白させることで、この事件を終わりにしようとした。ところが中島と小橋のコンビは、その容疑者が真犯人でないことを見抜く。
捜査が進展するうち、最初の殺人が別人による事件だと判明する。そうなると他の事件の犯人がわからない。だけどすべての事件において、『コートの男」が目撃されている。捜査本部は混乱するが、中島が最終的に事件の共通点に到達する。
だけど真犯人は自殺してしまうんだよね。すべての犯罪には関わりがあったんだけれど、その詳細は犯人しか知らない。物語としては犯人を好きだった女性の証言によって、おそらくその男が犯人だろう、という雰囲気で終わってしまう。
ところがこの小説はそこで終わらない。犯人が恋人の墓の前で燃やした手記があった。もちろん物語のなかでは灰になってしまっている。だけど読者だけには、その手記の内容が明かされる。それが壮絶なものだった。
なぜこの連続殺人事件が起きたのか、それぞれの事件がどのような意味があったのか、すべてが書かれている。それは人間の心の闇に深く食い込んでいく内容で、読んでいるだけで心が凍りつきそうになる。ボク自身が狂気の世界に入っていくような感覚になった。
この犯人だけでなく、登場人物のすべてが何かを抱えている。捜査している中島も少年時代に大きなトラウマを抱えているし、小橋という女性刑事も同じ。最初は覚えきれないほどの登場人物が乱立するけれど、やがて彼らの一人ひとりが強烈な印象で読者の心に迫ってくる。
ネタバレはしていないので、興味を持った人はぜひ読んでほしい。マジですごいよ!
よくこれだけ緻密に人の心を描き、複雑なエピソードを完璧に編み込んでいるなぁ、と驚くばかり。
正直言ってこれから新作を書こうとする人間にとって、自信を失くさせるほど素晴らしい小説だった。とてもこんなもの書けない、と思ってしまう。
でも同時にやる気も出てくる。よし、これに負けないものを書きたい、という願望も湧き上がる。不思議なものだよね。
小説のジャンル的なことでいえば、この小説は直木賞に該当する作品だろう。だけど中村さんは純文学のジャンルである芥川賞を受賞されている。それほど彼の文章が人間というものに肉薄しているからだろう。もっと別の作品を読んでみようと思う。
『高羽そら作品リスト』を作りました。出版済みの作品を一覧していただけます。こちらからどうぞ。
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