揺れる決断と後悔の振り子
10代のころは未来への選択肢がいくつもあって、自分の将来に対する不安との戦いだった。夢を追い続けるか、それとも現実的になるか。
そうして社会人となることで、ある種の決断を下す。それが正解だと思うことがあれば、失敗だったと感じることもあるだろう。だけど人生というのは、そのくり返しだとやがて気づく。
何度も決断を下し、そしてその結果について思い悩む。それが50代になっても続き、人生の振り子が決断と後悔の間を行ったり来たりしている。結局は何が答えなのかわからない。いや、答えなんてないんだろう。過去に戻ることはできないわけだから、自分なりに決着をつけるしかない。
そんな人間の不安定な心を描いた作品を観た。10週間にわたる連続ドラマで、特に大きな事件が起きるわけじゃない。ただ日々の生活が流れていく。だけど主人公の心のモヤモヤに共感してしまう。そして気がつくと、それが自分のなかに潜んでいたモヤモヤだとわかる。そんな不思議なドラマだった。
2021年 映画#145
『Mr.コーマン』という2021年のアメリカドラマ。ジョセフ・ゴードン=レヴィッドが主人公のコーマンを演じている。そして監督、脚本、制作総指揮もやっている。彼は俳優としては揺るぎない地位を築いているけれど、これからは監督としても活躍するかも。そんなことを感じさせる素敵なドラマだった。
コーマンの現在は小学校の教師。だけど元々はミュージシャンだった。バンドを組んでデビューしていて、かなりいい線までいっていた。ヴォーカルの女性はコーマンの恋人でもあり、音楽で食べていけると信じていた。
だけど現実は甘くない。最終的には決断を迫られる。コーマンが選んだのは堅実な小学校教師だった。だから恋人とも別れた。両親は離婚していて母と暮らしていたが、母には新しい恋人がいる。だから友人とルームシェアすることで日々を送っていた。
諦めたとはいえ、コーマンはバンドをやめたことを後悔していた。だから楽器を手放せない。ドラマの冒頭には、いつも彼が演奏して録音している映像が流れる。つまりまだ音楽の制作を密かに続けていた。
最初に書いたように特に大きな事件はない。日々の生活が淡々と描かれながら、コーマンの心の葛藤がリアルに見えてくる。このあたりのジョセフ・ゴードン=レヴィッドの演技は見もの。さすがというしかない。母親や父親との愛と確執、そして元恋人との微妙な関係も面白かった。
ボクがもっとも笑ったのは、コロナ禍のコーマンの生活。授業はリモートになり、神経質なコーマンはひたすら手を洗っている。感染に怯え、パニックになるのを必死で抑えていた。
ところが同居している友人のヴィクターは宅配業者。だから常に外で仕事をしているので、コーマンはますます混乱する。このヴィクターを演じているアルトゥーロ・カストロという俳優さんが最高だった。一度だけ『Mr.コーマン』が『Mr.ヴィクター』になった回があって、ボクはひたすら笑い転げていた。
なんてことないドラマなんだけれど、アメリカの現状がリアルに描かれていたと思う。最終回でコロナに怯えているコーマンに、オンラインデートをしている韓国系の女性があることをいう。
「コロナでパニックになっているのは、ほぼ白人の男性。だってこれまで酷い目にあったことがないから」という主旨のセリフ。
それに対してコーマンは否定して怒るけれど、意外と真実を突いているのかも。アメリカに根強く残る人種差別をチクっと指摘するようなやり取りだった。この物語の面白さは、ドラマだから可能だったんだと思う。毎週コーマンの生活を覗き見しているような気持ちになるからだろうね。
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