「何をお探し?」が決め言葉
取り立てて大きな事件はないけれど、読み終えて心がホッとする小説がある。じっくり考えてみると、その感覚は著者が時間をかけて物語のなかに仕掛けた言葉の魔法ゆえだとわかる。そんな気持ちのいい魔法が散りばめられた小説を読んだ。
2021年 読書#112
『お探し物は図書室まで」青山美智子 著という小説。本屋大賞にノミネートされたことで読んだ作品。先ほど書いたように、とても心温まる物語だった。
5つの短編で構成されている。だけどその5つには共通点がある。それぞれの物語の主人公が、あるコミュニティハウスの図書室を訪れる。悩みを抱えていて、引き寄せられるようにその図書室へやってくる。
その図書室にいる司書が小町さゆり、という中年の女性。とにかく身体の大きい女性で、いつも羊毛フェルトを作っている。困った人が図書室のレファレンスにやってくると、「何かお探し?」という決め言葉を発する。
その場に訪れた人たちは、つい自分の事情を語ってしまう。すると猛烈な速さでパソコンに文字を入力すると推薦する本を印字してくれる。相談者が必要としている本以外に、まったく関連のない本が必ず付け加えられている。実はその本によって、相談者の人生が大きく前進するという仕掛け。
さゆりさんは超能力者でも占い師でもない。夫と暮らす普通の中年女性。なのに相談を受けてキーボードに手を置くと、何かが取り憑いたように不思議な推薦本を導き出す。そしていつも付録として、彼女が作った羊毛フェルトをくれる。そのすべてが物語で意味を持ってくる。5つの物語を紹介しておこう。
朋香 二十一歳 婦人服販売員
諒 三十五歳 家具メーカー経理部
夏美 四十歳 元雑誌編集者
浩弥 三十歳 ニート
正雄 六十五歳 定年退職
という5つの物語。それぞれが自分の現状、さらに未来について悩んでいる。過去への後悔に縛られている人もいる。とにかく出口を求めて真っ暗なトンネルにいるという状態。その出口を、さゆりさんが推薦してくる本が明るく照らしてくれる。
まさに本を愛する人の物語だといっていい。だからこそ司書という職業が選ばれたのだろう。まだ出版されてから1年弱の小説なので、内容ついては書かないでおこう。でも本を愛する人なら、きっと共鳴できる物語たちだと思う。
よくできているなと思うのは、この5人が決して無関係ではないということ。この5人は最低一度、別の人の物語に登場する。その登場の仕方が実にいい。それぞれの人物のその後が気になっているとき、タイミングよく知らせてもらえる。
一つだけ明かしておこう。最初の朋香が通うパソコン教室の女性講師は、最後に登場する正雄の妻だった。というようにこの5人は人生のどこかで影響しあっている。その中心にいるのが、小町さゆりという不思議な女性。
これ映画化したら楽しいだろうなぁ。さゆりさんは誰がいいだろう? ボクのイメージとしては、渡辺えりさんかな。
ブログの更新はFacebookページとTwitterで告知しています。フォローしていただけるとうれしいです。
『高羽そら作品リスト』を作りました。出版済みの作品を一覧していただけます。こちらからどうぞ。
コメント (0件)
現在、この記事へのトラックバックは受け付けていません。
コメントする