知らない匂いは悪臭?
匂いに関する記事を読んで、子供のころをふと思い出した。
幼いころのボクは酢の匂いが苦手だった。きっかけは分かっている。小学生になる半年前まで、ボクは京都の清水寺の近くに住んでいた。六畳一間の借家で家族四人が暮らしていた。その部屋は二階で、真下は寿司屋だった。
だから裏口から自宅に戻るとき、否が応でも酢の匂いを感じる。いつしかその匂いが不快だと思うようになり、思春期を迎えるころまでお寿司や酢の物が苦手だった。いまは大好きなのにね。
なぜそんなことになったんだろう? ある記事を読んで、なんとなく理由がわかったような気がした。
とても興味深い記事。ドイツ人の女性は生まれつき匂いを感じる脳領域である嗅球が存在しなかった。だから匂いを知覚できない。ところが24歳になって急に嗅覚が動作するようになった。
これは稀にある現象らしく、嗅球がないひとは迂回路を作ることで、鼻から直接脳に情報が届けられることがあるそう。普通は子供のころに迂回路ができるけれど、この女性の場合はなんらかの要素が迂回路の発出を阻害していて、成人してから機能したと見られている。
面白いのはその女性の感覚。次々と匂いを識別できるようになる。それは生まれて初めての体験ばかり。目の見えなかった人に光が戻るように、匂いを感じることで一気にその女性の世界が広がったように想像する。ところがそうでもないらしい。
新たに増えていく嗅覚のほとんどが、彼女にとって悪臭でしかなかった。だからかなり苦痛の日々だったらしい。
五感というのは周囲の情報を得るためにある。だから未知の情報というのは、危険だという信号を発するんだと思う。だから悪臭として感じることで、その女性は本能的に自分を守ろうとしていたんだろう。
だからボクたちも記憶にないだけで、初めて匂いを感じたときは警戒したはず。だけど経験を重ねることによって、そこに記憶というものが付加される。それによって好悪の判断を後付けするようになったんだと思う。
そう考えてみると、ボクが酢の匂いを嫌いだと思ったのは、その寿司屋に対して好感を持っていなかったと推測できる。そういえば眠っているとき、畳下から聞こえる寿司屋のテレビの音が怖かった記憶がある。そして酒を飲んだ人たちが大騒ぎしている声に怯えていた。
それが酢の匂いと結びつくことで、いつしか苦手になったんだろう。だけど成長するに伴って、その記憶が上書きされていったんだと思う。
ちなみに寿司屋のとなりは喫茶店だった。そこには『マッカちゃん』と呼んでいたボクの初恋の女の子が住んでいた。その子は小学校の高学年だったと思うので、年上のお姉さんだった。そのせいか子供のころからコーヒーの香りが大好きだった。そしていまになってもコーヒー好きが継続している。
匂いの好き嫌いをじっくり検証していると、忘れていた過去を思い出すかもしれないね。そしてそれが必要のない記憶だったら、上書きするいいチャンスかもしれない。好ましい匂いに囲まれて過ごせるのは幸せだと思うなぁ。
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