意識的に生きる
予報通り雨が降ったりやんだりの神戸です。湿度が高くて動くと蒸し暑さを感じます。でもじっとしていると、風が冷んやりとして肌寒い。とても不思議な気候です。行き道は傘をささずに外出できましたが、帰り道は大粒の雨の中を戻ってきました。
甘い香りに誘われたので、アップで撮影させてもらいました。街路樹としてよく植えられている花ですね。この時期になると甘い香りを周囲に放っています。植物たちにとっては、ちょうといい塩梅の雨かもしれません。
今日はこのブログで連載していた『古都の炎舞』の2巡目のリノベーションが完了しました。微妙に役どころも変わってきて、ストーリーもかなり加筆しています。まだもう少し納得できない部分があるので、明日からの3巡目でほぼ完成形に持っていきたいと思っています。
1日24時間というのは、誰にも共通して与えられた時間です。こうして小説を書くだけでなく、インプットのための読者をしたり映画を観ることも大切です。でもぼんやりしていると、あっという間に1日が過ぎ去ってしまいます。限られた時間を有効に使うために重要なのは、意識的に生きることだと思います。
無意識で生きていると、その行動を支配しているのは自我になります。つまり気がつけば過去のことに思いを馳せていたり、未来の不安で頭を悩ましていたりします。意識というのは不思議なもので、「主」がいなくなると、すぐに自我が取って代わって主導権を取ろうとします。自我の正体は無意識です。だから意識的であることは、常に自我に主導権を渡さないことでもあります。
頭から思考を手放して、ぼんやりすることはとても大切です。でもそうした時間を過ごすならば、意識的であらねばなりません。無意識でぼんやりしていると、収拾のつかないことになってしまいます。どんな時でも、意識的であることを意図するべきです。
最も無意識になりやすいのがテレビだと、私は思っています。特に見る予定でないテレビをダラダラとつけている状態が、最も人間の無意識を誘発します。受動的になって考えることをやめ、ただ流れている番組やCMを漫然と眺めているだけの時間になります。結局そのまま無意識に支配されて、今日も何もせずに1日を終えてしまった、と後悔することになります。
我が家でも過去には、そうした習慣がありました。私がテレビっ子ですから、そうだったのです。時報代わりにテレビをつけている状態でした。でも今では一切そういうことをストップしています。見たい番組は録画をして、時間を決めて見るようにしています。録画ですからCMは飛ばせますので、余計な時間を費やすことがありません。
録画を見る以外でテレビをつけるのは、録画予約をするために番組表をチェックする時と、夕方の天気予報を見る程度です。台風が近づいている時などにニュースを見ることはありますが、それ以外にダラダラとテレビをつけていることはありません。
テレビをダラダラ見ないようにしていると、光熱費も大きく変わります。我が家は真夏の今頃でも、一ヶ月の電気代は3千円台の前半以下です。まぁ、エアコンを使っていないのも大きな要素ですけれどね。時間を有効に使えて、かつ光熱費も節約できる。いいことばかりじゃないですか。
スマホが普及することで、テレビの役割が大きく変わろうとしているように感じます。今までの広告モデルが成立しなくなっているのではないでしょうか? 企業の広告に対する視線は、かなり高い割合でネットに傾いていると思います。情報は与えられる時代ではなく、自らが求める時代になっています。
「今日が最後の日だと思う」
これは私が常に考えていることですが、これを実践するためには意識的に生きなければなりません。そうでないと、後悔することばかりです。無意識で過ごす時間は、本当の自分を見失っている時間です。それは決して取り戻すことのできない時間です。ダラダラと無意識で過ごすくらいなら、例え20分でも昼寝するほうがいいです。それでさらに効率よく過ごすことができます。
明日から9月です。2015年も3分の2が過ぎました。時間を大切にしたいと思っています。意識的に過ごすことで、今日しかない今日を精一杯生きよう。いつも自分にそう言い聞かせています。
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