正反対の世界から見えるもの
ドキュメントはありのままを描くことに価値がある。もちろん製作者の意図は加味されるので、純粋な事実ではないだろう。それでもより客観的な情報を伝えるのがドキュメントの役割だと思う。
だけどまったく同じ事実を描く場合、映画や小説は伝えたいことを効果的にデフォルメすることができる。今日観た映画は、そのデフォルメ効果が異質だった。
あえて正反対の物語を見ている人に提示することで、その時代に起きていた恐ろしい事実をデフォルメしていたように思う。
『私が愛した大統領』(原題:Hyde Park on Hudson)という2012年のイギリス映画。時代はまもなく第二次世界大戦に突入しようというころ。世界恐慌のあと、ヒトラーの脅威が世界中を震撼させ始めた時代だった。
この物語はルーズベルト大統領といとこのデイジーの恋愛を描いた作品。ルーズベルト大統領にビル・マーレイが扮し、デイジーという難しい役どころを実力派女優であるローラ・リニーが好演していた。
映画のストーリーだけでいえば、なんてことない作品。アクション映画が好きな人や、当時の時代背景に興味のない人には退屈に思える映画かもしれない。特に大きなドラマがあるわけでも、主人公たちに精神的な成長が訪れるわけでもない。
そもそもルーズベルト大統領にはエレノアという妻がいるから、これは不倫の物語になる。それで映画を観てから調べたけれど、ルーズベルト大統領夫婦はかなり変わった関係だったらしい。
ルーズベルト大統領には大勢の愛人がいた。まるでハーレムのよう。この映画に登場するミッシーという秘書もそうだった。それ以外にも大勢いる。つまりデイジーはそんなひとりだった。ただし一般には知られていなくて、彼女が亡くなったあとの手記でわかったらしい。
ところが映画では触れていないけれど、ルーズベルトの妻であるエレノアも負けず劣らず愛人がいた。ボディーガードたちだけでなく、大統領の側近とも関係を持っていた。それだけでなく同性愛者でもあったらしく、女性の愛人もいたそう。とにかくかなり変わった夫婦だったのは事実。
そんな男女のドタバタが描かれた作品。だけど少し視点を変えると、この作品の主張していることが痛いほど伝わってくる。それはこの時代の緊迫感。物語のメインは、イギリス国王として初めて訪米したジョージ6世夫妻とのやりとりになっている。
ナチスの脅威に対して、アメリカの支援を得るために国王は訪米した。ジョージ6世はいまのエリザベス女王の父であり、コリン・ファースが演じた『王様のスピーチ』の主人公となった国王。この映画でも吃音に苦しむ様子が描かれていた。
恋愛映画でありながら、根底にあるのは底知れない緊迫感なのが伝わってくる。国王はアメリカ人にバカにされることを覚悟で訪米した。だけどルーズベルト大統領は、そんな若い国王に対して最善で最高の対応を見せる。ナチスと戦う、という大統領の強い決意がひしひしと伝わってきた。
この映画を支えているのは、ビル・マーレイとローラ・リニーの素晴らしい演技だと思う。二人のやりとりを見ているだけでも楽しめる映画だった。あえて恋愛を描くことで、その時代が抱えていた闇が巧妙にデフォルメされていたと思う。
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