失って気づく大切なもの
指の先に小さな切り傷ができただけで、その指がどれだけ自分の生活を普通に過ごさせてくれていたのかわかる。ちょっとした痛みなのに、何もかも不自由になったかのような気持ちになってしまう。
ましてや捻挫で足を痛めたり、ぎっくり腰になったりすると、自分が失ったものの価値を思い知らされる。ただ肉体の痛みというのはストレートなので、そうした気づきに至るのにそれほど時間はかからない。
だけどそれが心の傷だった場合、すぐに痛みが現れるとは限らない。人間の心は複雑で不可解だから。そんな人間の心の葛藤を描いた映画を観た。
2022年 映画#62
『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』(原題:Demolition)という2015年のアメリカ映画。これは久しぶりに想像力を要求される作品だった。主人公の行動に関する説明は、おそらくこの作品を観る人によってちがってくるような内容。だからこのブログの感想は、あくまでもボクの解釈になる。
主人公のデイヴィスは妻の父が経営する投資銀行に勤めていて、義父も認める優秀な社員。ただ妻とは倦怠期のような関係になっていて、仕事に熱中するばかりで妻との関係は冷え切っていた。そんなある日、大変なことが起きる。
妻の運転で通勤途中だった乗用車に車が突っ込んできた。デイヴィスは軽症だったけれど、妻のジュリアは頭を打って命を落としてしまう。ところが妻の死を知らされてショックなはずなのに、デイヴィスは涙さえ出てこない。翌日には何食わぬ顔で出社している。
もしかしたら自分は妻を愛していなかったのでは、とデイヴィスは考えた。ただ精神はどこか不安定で、妻を看取った病院の自販機が故障していたことで、苦情の手紙を書いた。そのうち自分が妻を失った事情まで手紙に書くようになり、ある日顧客係のカレンという女性から電話がかかってくる。
そんなカレンに興味を持ったデイヴィスは彼女と会うようになる。だけど二人は友人以上の関係にならないけれど、どこか似たようなところがあって互いの心を支えあっている。そんなデイヴィスにやがて奇行が目立つようになる。
きちんと形を成しているものを破壊したい。そんな欲求が止まらない。きっかけは死んだ妻に頼まれていた冷蔵庫の修理だった。冷蔵庫の分解に始まり、職場のトイレやオフィスのパソコンまで分解する。やがて結婚生活を破壊すると言って、自宅をバラバラに潰してしまう。原題のDemolitionは破壊という意味。
そんなとき、壊した机からあるものが見つかる。それは妻が妊娠していた証だった。デイヴィスはまったくそんなことを聞かされていない。奇行で会社をクビになったけれど、妻の両親に問い詰めた。すると妻の母が、「娘には別の男がいて子供ができた。だからあなたに内緒で中絶した」と言った。
とまぁこんなややこしい物語。ところがラストではデイヴィスは妻の想いを実現したいと義父に相談する。それは障害を背負った子供たちを楽しませるという企画だった。さてデイヴィスに何があったのか?
彼が初めて妻を失った悲しみを表現するのは、ラストシーン近く。妻の墓にやってきたのは、事故を起こした加害者だった。デイヴィスに謝罪する加害者の姿を見て、彼はようやく妻を失った事実を認識する。つまり彼が本当に破壊したかったのは、妻を失った悲しみを封印しようとしていた彼のかたくなな心だったのかもしれない。ボクはそう思う。
そしてこれもボクの想像だけれど、妻が中絶したのは彼の子供だったと思う。だけど障害者だったことがわかり、夫と冷たい関係だった妻は内緒で中絶したんだと思う。なぜならラストでデイヴィスが楽しませていた子供たちは、ダウン症の子供たちだったから。これは完全にボクの想像だけれど。
とにかくデイヴィスを演じたジェイク・ジレンホールがすごい。元々大好きな俳優さんだけれど、彼の新しい一面を見せつけられた気がする。さらにカレンを演じたナオミ・ワッツも素晴らしかった。おそらくデイヴィスとカレンはこのあとにいい関係になるんだと思う。
デイヴィスが事故で妻を失ったことに気づいたとき、彼にはどうしようもなかった。だから自分の心を閉ざして奇行に走ったんだろう。そしれそんな心の破壊を意図して、何かを壊そうとしていたんだと思う。うまく言語化できないけれど、とても心に残る素敵な作品だった。
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