SOLA TODAY Vol.502
DVというものは、肉体的な苦痛を与える暴力だけではない。言葉の暴力も、人間の尊厳をそこなうDVだろう。そして人間の思想や信条を親が子供に強制するのも、ある意味DVと言っていい。そんなことを考えさせられる記事を読んだ。
「エホバの証人の活動のなかで、最もつらかったこと」元信者が告白
この記事は漫画家である(いしいさや)さんのインタビューをまとめたもの。いしいさんの両親は「エホバの証人」の信者なので、幼いころからその思想を強制されてきた。この記事を読むと、それがどれほどすさまじいものなのかわかる。
「エホバの証人」という名前が世間に知られたのは、子供の輸血を拒否して死なせてしまった親の行動だった。キリスト教の原理主義者である彼らにとって、他人の血液を輸血することは背信的行為。
著者の場合は輸血の問題はなかった。だけど勧誘行動には、いつも母に連れ出されている。休日になると自宅周辺の家を訪問する。もっとも辛かったのは、学校の友人の家に行くときだったらしい。
そりゃそうだろう。ほとんど門前払いを受けるような勧誘行動に同行するのさえ辛い。そのうえ、同級生の自宅に行って顔を見られたりしたら、当然ながら学校で噂になってしまう。実際にそういうことがあったらしい。
自宅でもDVはある。教義に反する行動を取ったり言葉を口にしたりすると、母親からむち打ちの罰を受ける。これはそう決められているらしい。下着をすべて取って、裸のお尻にベルトのようなものでむち打たれる。
著者はどこの家でも同じだと思っていたそうだけれど、学校に通うようになって誰もそんな罰を受けていないことに驚いたらしい。これはマジなDVだよね。
著者自身は信者というわけではないけれど、両親がそうであれば逃げる道がない。「エホバの証人」は、結婚も信者同士でしか認められない。婚前交渉は絶対禁止されているので、交際中に親が同行するようなことがあるらしい。
高校を卒業した著者は、母が体調を崩したことで少しは「エホバの証人」から離れることができた。だけどまだ心のDVを受けた影響が残っているので、完全に離脱したとは言えない。そこで彼女は教団と決別するために、ある行動に出る。
それは婚前交渉だった。特に好きでもない男性とセックスした。そうすることで「エホバの証人」の呪縛から逃れようとしたのだろうね。この行動によって、ようやく吹っ切ることができたとのこと。
信仰の自由というものは、憲法で保障されている。だからといって、それを強制するのは暴力でしかない。特に親の保護下にある子供たちにとって、信仰の強制は明らかなDVだと思う。
日本は宗教について、外国に比べると自由度が高い。海外のキリスト教やユダヤ教、あるいはイスラム教はヒンズー教の人たちは、生まれ落ちた環境で信仰を強制されていることが多い。成人してから自由に信仰を選択するという環境に置かれている人のほうが少ないように思う。
だけど自由度の高い日本でも、こんな事例があるということ。この記事を読んで、胸が痛くなった。人間の心を解き放つべき役割を持つ宗教が、信者の心を牢獄のような限定された場所に閉じ込めてしまう。その行為が家族間でおこなれたとしたら、これは間違いなくDVだろうね。
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