ヒトゲノムを解読した男
ボクの場合、小説を書くうえで貴重なインプットになるのが映画と本。とにかく浴びるように映画を観て、本を読んでいる。
できる限り先入観を除外するために、お金をかけない方法を活用している。なぜなら自分で出費すると、ついつい慎重に選ぶことになり、先入観の介入を阻止することが難しくなる。無駄金を使いたくない、と思ってしまうからね。
でも図書館を利用すれば、とにかく無差別に本を手にすることができる。だから神戸市図書館で定められている予約限度数の20冊は常に埋まっていて、予約するのを忘れないようカートに保存してある本が常に30冊ほどある。
今日は引き取りできる本が5冊もたまっていたので、パンパンに膨れたカバンをせっせと自宅まで運ぶことになった。なぜそんなにたまってしまったのかというと、昨日までとんでもなく分厚い本を読んでいたから。
『ヒトゲノムを解読した男 クレイグ・ベンター自伝』クレイグ・ベンター著という本。
単行本で500ページ以上あり、おまけに文字がぎっしりと詰まっていて、ほとんどすき間がない。もし本の値段を文字数で比較するとしたら、かなりお得だと断言できるほどの文字を読むことができるw
普段はできれば1日、少なくとも2日に1冊は読むようにしているが、これはどう考えても無理。なぜなら文字数が多いだけでなく、DNA等の専門用語が飛び交っている本だから。読了するのに、ほぼ1週間ほどかかってしまった。
先日京都へ甥っ子のダンスを見に行ったときも電車のなかで読んだり、ちょっとカフェに行くときもこの重い本をカバンに詰めて外出した。つまらない本なら放り出してしまうけれど、この本はそうしてまでも読みたくなるほど面白かったから。
ヒトゲノムの解読というのは、人間DNAの全塩基配列を解読するもの。DNAというのが二重螺旋構造を持っているくらいは、中学校でも習うと思う。A(アデニン)、 T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という4つの塩基があって、かならすAとT、 GとCという組み合わせになる。
ボクは大学の卒論が『山羊の染色体モデル』の研究だったので、もともと遺伝学が大好き。だからこういう本は真剣に読んでしまう。人間の場合そんな組み合わせが30億組もある。正式には30億塩基対という言い方になるので、合計すると60億の塩基構造が人間の全ゲノムになる。
そのヒトゲノムを初めて解読したのが、この本の著者であるクレイグ・ベンターという人物。
この本の何が面白いかというと、そうした専門的な知識だけではない。もちろんどのようにしてヒトゲノムを解読していったかについては、とても勉強になった。いつか小説のネタになるインプットだったと思う。
でもさらに面白いのが、ベンターという人物そのもの。若いころは数学が苦手で、特に勉強できる人ではなかった。でもベトナム戦争に徴兵されたことで、人生観を大きく変えてしまう。嫌というほど人間の死を見ることで、そして無事に生還したことで、自分の生き方をそれまでと変えてしまった。
短大を卒業して4年生の大学に編入し、そのまま研究者としての道を歩むことになる。それは幸運な出会いがあったりしたけれども、並大抵ではない努力に支えられたものであることは確かだと思う。
そしてヒトゲノムを解読するまでの攻防が、めちゃめちゃ面白い。これは絶対映画にするべきだと思う。
ヒトゲノムのというのは『人間の設計図』といってもいい。だから国家単位で取り組んでいる事業だった。ベンターも最初は国家の研究機関で活動していたが、どうしても制約が多い。予算を取るのに苦労してしまう。
そこで民間のベンチャー企業とタイアップすることで、国家機関を飛び出す。当然ながら『ヒトゲノム計画』を推進していた国家機関からは攻撃を受ける。それはもうすさまじいもの。
さらにベンチャー企業だって、本来の目的は金儲け。だからベンターが成し得た研究結果を、企業の利益のために独占しようとする。そうした四面楚歌の状態で、彼は研究を進めていた。
そして独自の新しいショットガン・シークエンシング法という方法を開発することで、それまでの研究では考えられないようなスピードでDNAの解析を進めていく。焦ったのは国家機関。多額の税金を投入しているのに、民間企業の研究所にヒトゲノムを解読されてしまったら立場がない。
だから妨害なんて半端じゃない。当時のクリントン大統領まで、両者の和解に乗り出している。最終的にはベンターが国家機関と共同発表することで、『ヒトゲノム計画の』完成が宣言されている。
でもベンターの研究所のメンバーにとっては、マラソンを走って余裕でトップに立っていたのに、ゴール寸前で2位の選手を待って、一緒にゴールしたことと同じだった。それほどベンターが他の研究所より抜きん出ていたということ。
いまだにその当時の確執は残っているらしい。当時ベンターの論文を掲載した『ネイチャー』なので、国家機関の研究者は『サイエンス』というライバル誌にしか論文を発表しないらしい。まるで子供のケンカ状態だよねw
とにかく科学研究という分野が、どれほど政治と経済に翻弄されているのかよくわかる。そんなドロドロした科学界の実態が、その真っただ中にいた人物によって書かれている。DNAに関心のある方には、めちゃめちゃ面白い本だと思う。
『高羽そら作品リスト』を作りました。出版済みの作品を一覧していただけます。こちらからどうぞ。
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