究極の選択は普遍的なテーマだよね
もしかしたら今日は太陽の光が差すかもという天気予報だったけれど、期待はずれに終わった。昼前までしっとりと雨が降っていたし、午後になっても厚い雲が取れない。
そのうえ台風が近づいているらしい。次の週末、西日本は台風の影響がありそう。神戸は市長選と総選挙のダブルなので、投票率に影響が出ないか気になるところ。
ボクは今日買い物に出たついでに、期日前投票を済ませてきた。いつも通っているスーパーの通り道に区役所があるので、選挙のときはほぼ100%期日前投票を利用している。
選挙当日に外出しない日の場合もあるし、出る予定でも天気はあらかじめ指定できない。荒天だからと言って、選挙権を行使しないのは嫌だからね。だから気分良く投票するために、期日前投票は最適だと思っている。
それにしても、今日の期日前投票は雰囲気がちがった。いつもより明らかに人が多い。うっかりしているとあっという間に行列の最後尾になってしまう。やっぱり今回の選挙は、有権者の関心が高いのだろう。
人間というのは、選択することが好きな生き物だと思う。今回のように興味深いシチュエーションの選挙になると、選択するという感覚を体験したいと思うのかもしれないね。そして映画でも、選択は常に取り上げられている。
究極の選択をモチーフにした、懐かしい映画を観た。
『マトリックス リローデッド』という2003年のアメリカ映画。先日から久しぶりに見直している、マトリックスシリーズの第二弾。
このシリーズは当然ながら映画館の公開時にも観ている。そのときに感じた印象は、かなり無理して作ったなぁ、というもの。
第1作の『マトリックス』の完成度は素晴らしい。最初から続編のストーリーが決まっていたのかどうか、ボクは知らない。でも印象として、ちょっとこじつけた感がぬぐえなかった。これは第3作の『マトリックス レボリューション』も同じ。
ただ、やっぱり面白いのは事実。久しぶりに見直したけれど、アクション映画として素晴らしい作品だと思う。そして先ほども書いた、究極の選択が盛り込まれている。ぼんやり観ていると理解しにくいけれど、この選択はなかなかいい。
マトリックスのソースにたどり着いたネオは、設計者に秘密を教えられる。救世主という自分の役割は、作られたプログラムの一つにしか過ぎなかったということ。永続的に人間の肉体エネルギーを利用するために、ザイオンという実在の人間社会を作っては潰し、作っては潰しを機械は繰り返している。それはマトリックス世界を完成に近づけるため。
そのための媒介となるのが、救世主という役割だった。ネオが初めての救世主ではなく、過去に5人もいた。もしネオが設計者の意図に従わなければ、人類は完璧に滅んでしまう。
だけど最初のプログラムどおりにザイオンを滅亡させれば、人類は種として生き残ることができる。現在の社会を守るために全滅を招くか、親しい人たちを滅ぼすことで、人間という存在を守るか? ネオは究極的な選択を迫られる。
ここで設計者の意図を無視して、ネオは愛するトリニティーと『今』のザイオンを守ろうとする。まぁ、そうでなければ、第3作に続かないものね。究極の選択という普遍的なテーマが仕込まれているから、この映画を観て観客は興奮するんだろう。
相変わらずストーリーに無理無理感は覚えたけれど、久しぶりに上質なアクション映画を楽しめたと思う。この勢いで、来週には第3作も観ようと思っている。
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