いまやヴィーガンは宗教
ボクは宗教思想に興味はあるけれど、特定の信仰を持とうとは思わない。信者を獲得しようとする威圧的な宗教組織が多いから。
信仰なんて自由だし、他人に迷惑をかけないならどうでもいい。だけど他人の心の領域に土足で踏む込もうとしたり、善意の恐怖で入信を誘うような組織は虫唾が走るほと嫌い。ましてや宗教の名のもとに暴力行為に及ぶのは言語道断。
ところがいまや宗教と言っていいものがある。それはヴィーガン。ある記事を読んで、そのことを改めて実感した。
英国でビーガンが急増、しかし関係者からも衝撃的な発言が相次いでいる
イギリスでヴィーガンが増えているそう。そしてその傾向に対して、専門家からの警告が発せられているという記事。
この議論はこれまで数えきれないほど繰り返されてきた。ヴィーガンはより厳格なベジタリアンで、乳製品も含めて動物性の食物を一切食べない。そこでお肉の感覚を楽しみたいヴィーガンの人に、ベジミートという加工食品が提供されている。
そのベジミートが健康を阻害するというのが、この記事の中心。これを受けて、ヴィーガンの団体は専門家の意見に反論している。この記事を読んで思ったのは、どっちもどっちだということ。
ひと口にヴィーガンと言っても様々な人がいる。自分の健康だけを考えている人はまだいい。やたら人に勧め出すと、ちょっとウザくなる。そして過激なヴィーガンの人たちになると、もはや宗教組織と同じ。
主義主張が先行していて、ある種の思想を形成している。そしてその正当性を主張するために、肉食している人に善意の恐怖を与えて改心を勧める。さらに暴力的な集団は、精肉店に直接的な暴力行為を行なっている。
これはどこから見ても、宗教組織と同じじゃないだろうか?
だからヴィーガンというのは信仰のようなもの。ゆえに議論することに意味がない。やりたい人はやればいいし、そうでない人はそれでいい。相反する立場の人が相手を説得しようとしても、議論の結果は永遠に平行線のままだろう。
宗教というのは、信じるか信じないかということ。そういう意味でもヴィーガンも同じ。意見を異にする人たちが攻撃的な行動を取らなければ、互いに無視しているのが一番いい。どれだけ科学的な証拠をあげても、絶対に相容れないんだから。
ボクはヴィーガンになるつもりはない。かといってヴィーガンの人たちを非難することもしない。ある種の信仰なんだから、好きにやればいいと思う。だけど無理やりにこちらの思想を変えようとしてきたら、毅然として抵抗する。
もうこのリンク先の記事のような議論は、不毛で時間の無駄だと思うよ。
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