暗闇での航海を楽しむ心
『小春日和』というのは冬の季語。晩秋から初冬にかけて、暖かかくておだやかな晴天の日のことをさす。
まさに今日は、完璧な『小春日和』と言っていいだろう。風はおだやかで、晴れて暖かい。先日出したばかりのダウンではなく、軽めのジャケットで外出しても寒さを感じなかった。だけど山はいよいよ紅葉の本番を迎えて来た。
自宅マンションの玄関から撮影した、今日の六甲山。ここ数日で、色づきがぐっと良くなってきた。次の週末くらいは、紅葉を楽しむのにちょうどいいかもしれないね。ボクは自宅からこんな贅沢な景色を見られるので、わざわざ遠方まで出かける気にならない。基本的にインドアが好きだからね。
さて、小説を書いていると、ときどき言葉にできない不安を覚えることがある。書きたいテーマがあって、それに沿ってプロットを練る。そうして物語を書き進めていくわけだけれど、本当にこの方向でいいのだろうか、と思い悩むことが多い。
例えるならば、星の明かりも灯台もない暗闇の海上を、たったひとりで航海しているような気分。目的地を見定めて出航したのに、気がつくと周囲は真っ暗。ゴールを目指して前に進んでいるのか、道を逸れているのかもわからない。もしかしたら後退しているのかも、という不安さえ感じる。
その理由として考えられるのは、小説というコンテンツの結果が出るのに時間がかかるということ。出版社が募集している文芸賞に投稿しても、普通は結果が出るのは半年先。原稿を持ち込んで読んでもらったとしても、数ヶ月の時間は見ておいたほうがいい。
とにかく『待つ』ということが、常態になっているコンテンツだということ。街角で行う大道芸のようにその場で見てもらって、すぐにリアクションを得られるものではない。フィードバックを得るのに、かなりの時間を待つことが求められる。
だからひとつの作品が完成すると、その感覚のままで次の作品に手をつけなくてはいけない。完成した作品のフィードバックがすぐに返ってくれば、軌道修正をして進むべき方向を新しい作品に反映させることができる。
ところが新作がほぼ完成するかというときに、その前の作品のフィードバックが返ってきて、自分が方向ちがいの場所に向かっていたことを知る場合もある。それほど原因と結果のタイムラグが大きい。場合によっては、今さら戻れへんやんか、ということもあるw
これはコンテンツが持つ特性なので、致し方ないこと。だから前作のフィードバックをすぐに得られなくても、不安を抱えたまま次の航海に出るしかない。でも不安のままで放置しておくと、作品に影響を与えてしまう。
それゆえ小説を書くことにおいて大切なことは、『暗闇での航海を楽しむ心』だと思っている。暗闇での航海を楽しむことができるならば、フィードバックが返ってきたときの進路変更なんて、どうってことない。
それまでも楽しかったのだから、進路変更の航海も楽しむことができる。とにかく目的地がくっきりと見えていようと、真っ暗闇であろうと、航海そのものを楽しむ心があるかどうかということ。その心を失うことがなければ、暗闇の不安でさえ楽しみの要因となる。
ボクが深い霧で前後が見えない山道を自動車で走るのが好きなのは、そんな不確定な状況を楽しめるからだろうね。ということで、明日も引き続いて暗闇での航海を楽しむとするか〜!
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