自己保身の嘘は苦痛しかない
テレビで食レポを見ていると、レポーターが気の毒になることがある。だって絶対に「まずい」とは言えないものね。
昨日ある番組を見ていて、目を疑うような手打ちそばが登場した。昨日今日習った素人でも、もっとまともなそばが打てるはず。太さはまちまちで、途中でブチ切れたようになっているから、絶対にズルズルとすすることはできない。もはや麺ではないwww
それでもタレントさんは美味しそうに食べ、少しでもほめようとして言葉を吐き出していた。でも断言していいけれど、そのタレントさんの言葉は100パーセント嘘だと思う。そのそばが出てきた段階で、ボクも妻も驚いて大笑いしてしまうような代物だったから。
タレントさんは明らかに嘘をついているけれど、テレビを見ている人はそのことを非難しないだろう。嘘をつくしかない状況なのは明らか。その嘘はお店の人に対する思いやりであり、番組関係者に対する忖度だから。自分のキャリアにも関わるしね。
誰かを思いやった嘘というのは存在する。だから何がなんでも嘘はダメだと思わない。余命を知りたくない病人に、嘘をつくのが嫌だからと正直に話す医者に愛があるとは思えない。その医者は、他者に対する想像力が欠如しているばか者でしかない。
だけど同じ嘘でも、自己保身が理由になっているものは見苦しい。例に出して申しわけないないけれど、億単位の使途不明金を出して辞職した大阪府の堺市長が議会で行った答弁なんか、まさに自己保身の嘘でしかない。
そんな自己保身の嘘が国家単位になるとどうなるのか? そんなテーマを扱った映画がある。
『カプリコン・1』という1977年のアメリカ映画。突っ込みどころはいくつかあるけれど、なかなか面白い映画だった。
人類が初めて火星に降り立つロケットが発射される直前、3人の宇宙飛行士が政府幹部によって連れ去られる。生命維持装置に不具合が見つかり、宇宙に出てまもなく飛行士が命を落とすのがわかったから。
だけどいまさら打ち上げを中止するわけにはいかない。反対派の意見を押し切って強行されているので、どうしても成功させる必要がある。そこで無人のロケットを火星まで送り、無事に地球まで帰還させる。
ただし宇宙飛行士が火星に降り立ったり、宇宙船のなかから家族に話しかけるシーンはハリウッド映画ばりに撮影した映像を使用することになった。このシーンの写真を見てもらったら様子がわかると思う。
3人の宇宙飛行士は猛烈に反発するけれど、家族を人質に取られていた。それでしたがうしかない。NASAのスタッフのひとりが異常に気づいたが、政府組織によって存在を消されてしまう。それを探っていた記者も命を狙われる。
ところが想定外のことが起きた。司令船が無事に地球の海へ着水したら、3人の宇宙飛行士を乗船させるつもりだった。それなのに耐熱装置に不良が発生して、司令船は大気への再突入で燃え尽きてしまう。つまり宇宙飛行士は死んだことになる。
その事実を知った3人の宇宙飛行士は自分たちの命がないと思い、隔離されていた施設から脱走する。だけどそこは水のない太陽が照りつける荒地だった。彼らの運命は、そして真相は明らかになるのだろうか?
自己保身の嘘が周囲の人に苦痛をもたらすだけで、嘘に嘘を重ねることでとんでもない事態に至ってしまうという物語。愛のない嘘は、価値のあるものを何も生み出さないということだよね。なかなかよくできた映画だった。
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