ガストンとの対話2 Vol.58
ガストンさん、アトランタでTPPの閣僚会合が行われていましたが、ようやく大筋合意になりました。私は以前からTPPに賛成でしたので、ホッとした気持ちです。日本や加盟国にとって、大きな経済の転換点になると思います。
「TPPとはいったいどのようなものだ?」
あなたたちには関心がないことなのかもしれませんね。太平洋沿岸の12カ国が提携して、農産品や工業製品にかけられる関税を一定期間内に撤廃しようとする取り決めです。共通のルールを持つことで、自由貿易や投資の活性化を図ることが目的です。
「なるほど。わしが以前から言っておるが、どんなことであれ規制を取り除くのはいいことだ。自由は意識的に具現化しようとしなければ、達成できない」
でもそれぞれの国の思惑がありますから、そう簡単に全ての関税を撤廃するということは難しい。日本だってコメに関しては、抵抗してきました。合意内容を見ていると、コメに関する関税は従来のままですが、無関税の輸入枠を設けることになったようです。
「アメリカなどは自動車にこだわるであろう。関税の完全撤廃は難しいであろうな」
それぞれの国の産業構造や経済状態が違いますからね。でもこのTPPが合意する範囲は広いのが特徴ですね。著作権のようなものまで含まれています。日本では著者の死後50年で著作権が消滅しますが、他国の基準に合わせて70年になるようです。ベトナムでは外国がコンビニを出店するのに障害がありますが、そうした規制も無くなります。よりグローバル化していきますね。
「じゃぁ、お前さんが死んでも70年は著作権が守られるわけだ」
アハハ、まぁ私の場合は、守る必要があるかは疑問ですけれどね。どちらにしても経済が活性化することは間違いないでしょう。日本の農業に従事されている方は、厳しい競争にさらされるかもしれません。でもそれは時代の流れでしょう。陰謀論を唱える人は、TPPは国家主権を侵害するものだと騒いていますけれどね。中国は驚異を感じているかもしれません。他国がスクラムを組むわけですから。
「昨日はノーベル賞のニュースでも沸いたが、このニュースの方が重大だと感じるな。この国家間の取り決めに関して、個人レベルで考えることは学びになるであろう。TPPの趣旨は理にかなっておる。全てはひとつである、という原則に合致した発想だ。だが完全撤廃には至っていない。ひとつにはなっていないな。その問題点はどこにある?」
自分の国のことを考えるからですね。
「そうだ。『国益』ということが、こうした取り決めにおいて障害となる。ここは大切なところだ。なぜなら、自国の主張を通すことが当たり前だと考えている。誰も疑いを持っていない。だから時間をかけて交渉するわけだ。『国益』が存在するのは当然だと考えている。その根底にあるものは何だ?」
自分が日本人であるとか、アメリカ人である、ということですね。そうだ、分離意識が抜けていないのですね!
「人類にとって、その分離意識がどれほど根深いものか理解できるであろう? 他国の人間を同じ地球人という意識で見ていない。地球という惑星が、運命共同体であることの意識が希薄なのだよ。そのさらに深い部分を見るためには、個人の意識を観察すればいい。どうだ? 個人においてTPPは成立しているか?」
なるほど、そういう発想ですか。国家間の取引を、個人として考えるわけですね。その視点で見れば、個人間には途方もない関税が存在しています。もし関税を撤廃しようとすれば、実際のTPPの交渉よりはるかに難航するでしょう。だって、100人いれば、それぞれが違う関税をかけているわけですから。
「人間個人が他人に課している関税。それは概念だ。善悪を判断する観念だ。自分にとって利のある人物だと判断すれば、関税を下げてでも交流を持とうとする。反対に不利益をもたらす人間に対しては、異常に高い関税を設けて交渉を拒絶する。結局国家がやっていることは、個人がやっていることと同じだ。『国益』と同じように、自らの勝手な判断基準によって分離された利益を必死で守ろうとしている。だから自他の壁がいつまでも存在して、分離意識が抜けないのだよ」
この個人の関税を撤廃しようとするなら、気が遠くなりそうですね。自分が率先して撤廃すれば、そこを他人に利用されるかもしれない。そう思うと、怖くてうかつに撤廃できません。やはり自分を守ろうとしてしまう。う〜ん、これは難しい問題です。
「だが個人で不可能なことが、国家で可能になるわけがない。だからこうした交渉は完璧にはいかないものだ。妥協の産物になってしまう。自分と他人という分離の壁は、それほど分厚いということだ。まずはそうした壁が存在することから自覚しなくてはいけない。そしてなぜその壁が存在するのか? 幻想であるはずの壁が、なぜこれほどリアリティーを持つのか? その答えを求めることなしに、分離が消え去ることはないであろう」
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