師弟の究極バトル
梅雨の雨もひと息で、今日の神戸は過ごしやすい気候だった。午後から夕方にかけては、青空も見えている。
そんな澄んだ空のような声を持つ女性がいる。それはアリアナ・グランデ。
名前しか知らない歌手だったけれど、先日のイギリスで起きた彼女のライブ中のテロがきっかけで、彼女の歌を聴いてみた。本当は大好きなケイティ・ペリーが目的で、テロの犠牲者の追悼ライブを見たんだけれど、メインのアリアナ・グランデの歌声にびっくりしてしまった。
ということでここ数日は2013年にリリースされた彼女のデビューアルバムを聴いている。『Yours Truly』というタイトル。
ブロードウェイのミュージカルでデビューしただけあって、本当に素晴らしい歌唱力。まだ3〜4回ほどしか聴いていないけれど、かなりハマりそう。最新アルバムを含めると全部で3枚になる。順をおって聴いていくつもり。最近はいろいろなアーティストの曲を聴いているので、脳にとってはいい刺激になっている。
彼女の声の素晴らしさは、もちろん天性のものだろう。だけど努力なしに、ここまでブレイクすることはないはず。
そんな音楽の世界において、文字どおり血まみれになって努力する若者が主人公の映画を観た。
『セッション』(原題: Whiplash)という2014年のアメリカ映画。
これはとんでもない映画だった。評判がいいのは知っていたけれど、これほどすごい映画だと思わなかった。映画のスタートと同時に、画面へ釘付けにされてしまう。この強烈な磁力に抗える人はいないだろう。
これはネタバレしないと語れないので、未見で興味のある方は以下を読まないほうがいいかも。
主人公のアンドリューはシェイファー音楽学校という名門の学生。ジャズドラマーを目指して日夜練習を積んでいる。まだ初等科の生徒だったけれど、ひとりで練習しているときに、フレッチャーという教師に才能を見出される。
フレッチャーはこの音楽学校で最高の教師であり、シェイファーの最高峰であるスタジオバンドの指揮者。アンドリューは限られた者にしか与えられない名誉に飛びつくが、フレッチャーの教え方は常軌を逸していた。
パワーハラスメント以外の何ものでもない。ちょっとほめたかと思えば、奈落の底に突き落とされる。生徒の生い立ちまで踏み込み、その人間の弱点を徹底的についてくる。暴力なんて当たり前の世界。その屈辱と劣等感に打ち勝った者だけが、俺のバンドで演奏する資格があるという教え方だった。
一種のうつ状態まで追い込まれたアンドリューは、恋人を捨ててまでもドラムに打ち込む。そしてある事件がきっかけでメインのドラマーとなるチャンスを得る。ところがバスの事故で集合時間に間に合わなくなったアンドリューは、レンタカーで向かう途中に事故を起こしてしまう。
せっかくつかんだチャンスを捨てるわけにはいかない。血まみれになりながらも、ステージに立とうとする。ところが満足なドラムを叩くことができない。フレッチャーに「お前は終わりだ」と言われたアンドリューは、舞台で殴りかかって退学処分を受ける。
ところがフレッチャーも学校を辞めさせられる。行き過ぎた指導が原因で自殺した生徒がいて、そのことを裏付ける証言をアンドリューが匿名で行ったことが理由だった。
数ヶ月後、アンドリューはジャズクラブでピアニストとして舞台に立っているフレッチャーと再会する。そして厳しい指導は、本物のミュージシャンを育てるためだったと告白される。フレッチャーのバンドにドラマーとして誘われたアンドリューは、音楽祭に出演することを決意する。
ところが舞台に立った瞬間、知らされていない曲が演奏される。実は教師を退職させられた、フレッチャーの復讐だった。知らない曲だからドラムを叩けるわけがない。父親や大勢のスカウトが見ている前で、アンドリューは音楽家として最大の恥をかかされることになる。
一度は失意でステージから降りたアンドリューだけれど、もう一度舞台に戻る。そこでフレッチャーがスローな曲を指揮しようとすると、それを無視してとんでもない迫力でちがう曲のドラムを叩き始める。
周囲のミュージシャンもその勢いにしたがうしかなく、指揮者のフレッチャーの主導権を奪ってしまう。そこからがマジですごい。怒り狂っていたフレッチャーが、あまりに素晴らしいドラムの演奏に感化されて、目の色が変わってくる。ミュージシャンとしての本能を刺激されたのだろう。
ここからラストまでのシーンは圧巻。これは映像で観るべきだろう。とても言葉にできない。
ジャズというものは、本来はバトルだとボクは理解している。決まったリズムと主旋律はあるけれど、アドリブでミュージシャンは常に真剣勝負をしている。その相手はバントのメンバーだ。
アンドリューとフレッチャーのふたりは、相手に対する憎しみを、演奏と指揮という芸術まで昇華させている。ある瞬間から人間の自我が関わる境界線を突破することによって、純粋な音楽だけが持つ恍惚の世界に踏み込んでいく。
憎しみあっていたふたりが演奏しながらほほえみあう瞬間、鳥肌が立って涙が出た。これこそが音楽であり、ジャズなんだと思う。音楽好きな人は、この映画は必見だと思う。本当に素晴らしい作品。
教師のフレッチャーを演じたJ.K.シモンズの、アカデミー助演男優賞の受賞は当然だろう。ボクにとって忘れられない映画になった。
『高羽そら作品リスト』を作りました。出版済みの作品を一覧していただけます。こちらからどうぞ。