理不尽がまかり通る悔しさ
アメリカにおける人種差別を描いた映画は数多くある。どの作品にもおぞましい実態が描かれている。その多くは暴力的な出来事が多い。
ところがまったく暴力シーンがなく、主人公たちのラブストーリーとも言える作品なのに、人種差別に対する強烈なメッセージを発している作品を観た。恐ろしい場面はないのに、ただただ理不尽で悔しい。
だけどあまりに日常的な描写なので、かえってその非道な行為が浮き彫りにされている。最近見た人種差別の映画としては、最高に素晴らしい作品だった。
『ビール・ストリートの恋人たち』(原題:If Beale Street Could Talk)という2018年のアメリカ映画。
主人公の恋人たちは、ティッシュという百貨店で働く女性と、ファニーという彫刻のアーティスト目指す青年。舞台は1970年代のニューヨークで、写真の左端にいるのがティッシュ。イケメンと美人のカップルで、知らない俳優さんだったけれど二人の演技に引き込まれた。
婚約している二人は、新しいアパートを探していた。だけど黒人というだけでなかなか貸してもらえない。ようやく二人で暮らす家が見つかったとき、あるトラブルに巻き込まれる。
ファニーがタバコを買っているとき、ティッシュは別の店で夕食の食材を買っていた。そのとき白人の男に言い寄られ、強引に身体を触られた。直後に店へ入ったファニーがティッシュを助ける。ただやめるように言っただけで、大きなトラブルにはなっていない。その男はあわてて逃げた。
だけどある警官がその騒ぎを見ていた。そして店員が真実を話しているのに、暴行容疑でファニーを連れ去ろうとする。どうやら黒人嫌いの警官らしく、一方的にファニーを連行しようとする。だけど店員の取りなしでその場は解放された。
ところが数日後、ファニーはレイプ容疑で逮捕される。プエルトリコ出身の女性が暗がりでレイプされた。顔も見ていないはずなのに、容疑者として連行されたファニーの面通しで彼だと告げる。そうするように脅したのは、あのときの警官だった。
ファニーは完全な冤罪で刑務所行きになる。ティッシュとその家族たちは、彼の冤罪を晴らそうと必死になる。なぜならティッシュのお腹には二人の子供がいたから。先ほどの写真にあるように、ティッシュの家族は両親と姉の4人。この姉と両親が本当に素敵なんだよね。
姉は必死になって弁護士を探した。そしてその費用を捻出するため、ティッシュの父親とファニーの父親が協力する。ちょっと犯罪まがいのことをしながら。でも白人たちの横暴に比べたら、大したことじゃないと思えるようなもの。
そして何よりすごいのがティッシュの母親のシャロン。レジーナ・キングという女優さんが演じていて、この作品でアカデミー助演女優賞だけでなく、他の賞も受賞している。本当に素晴らしい演技だった。
圧巻だったのはアメリカを出国したレイプの被害者を追ってプエルトリコまで行ったシーン。あらゆる手を尽くして被害者の女性に会った。そしてファニーが無実だろうと確信するまで追い詰めた。だけどその被害者は心を病んでいて、結局は説得に失敗する。そのときにシャロンが絶望して嘆くシーンは、いまでも強く心に残っている。
結果としてファニーの冤罪は晴れないまま終わる。減刑申請するのが精一杯だった。なんてひどい仕打ちなんだろう。おそらく同じようなことが実際にあったんだと思う。今年になって警官による黒人の殺人が問題になっているけれど、どうしてもそれらと重なってしまう。
ただ生まれてくる子供については安心していた。だってティッシュにはあの写真の素敵な家族がいるから。それを証明するように、ラストシーンでは刑務所の面会にやってきたティッシュと5歳くらいになった息子のシーンで終わる。
理不尽がまかり通る悔しさにイライラするけれど、そんな状況でも懸命に生きようとする主人公たちの姿に感動した作品だった。
ブログの更新はFacebookページとTwitterで告知しています。フォローしていただけるとうれしいです。
『高羽そら作品リスト』を作りました。出版済みの作品を一覧していただけます。こちらからどうぞ。