時空を超えた死者との会話
映像で植えつけられたイメージを更新するのは難しいよね。
ボクにとって幽霊=山村貞子、という強いイメージがあった。子供のころに幽霊といえば『四谷怪談』のお岩さんか、『番町皿屋敷』のお菊さんだった。だけど20年ほど前に『リング』という映画を観てから、完全に貞子へ塗り替えられた。
ところがいまのボクには貞子のイメージが完全に払拭されている。それは『リング』と『らせん』を読み直したうえで、初めて『ループ』という作品を読んだから。そのときの衝撃は『えっ、ここは仮想世界なの?』という記事で書いた。
そしてこのシリーズ最後の本を読んで、幽霊という貞子のイメージが完全に消えてしまった。
『バースデイ』鈴木光司 著という小説。
この作品は『リング』、『らせん』、『ループ』の外伝となる3つの短編小説が収録されている。
最初の『空に浮かぶ棺』は『らせん』で登場した高野舞が呪いのビデオを見たことで貞子を処女懐胎し、わずか1週間ほどで出産するシーンが詳細に書かれている。
次の『レモンハート』は『リング』で登場した貞子の20代のときの物語。劇団に所属していた貞子は遠山という男性と恋に落ちる。この貞子がかなり可愛い。だけど彼女の能力ゆえ、その恋が悲劇に変わってしまう。
ところがこれらは前座のようなもので、メインは3つ目の『バースデイ』という作品。これは完全に『ループ』の後日談となっている。
『ループ』での主人公は二見薫という男性。詳しくは先ほどのリンク先を見てもらえばわかるよ。薫の正体は、仮想世界の高山竜司だった。そして再び仮想世界に肉体を解体して戻ることで、地球の危機を救うことになる。だけど彼には礼子という恋人がいて、お腹には彼の子供がいた。
そこで薫が求めた条件は、仮想世界に帰ったら一度でいいから礼子と合わせて欲しいというものだった。なぜならアメリカに旅立った薫は、必ず2ヶ月後に戻ると礼子に約束していたから。その約束を果たすための願いだった。
薫のおかげで世界は救われる。だけど彼が仮想世界の存在だと礼子に信じてもらうのは難しい。それで『ループ』という仮想世界の装置を説明するために、最初の2つの出来事を彼女に見てもらったという設定になっている。その結果、3つ目で二人の再会が実現する。
これはもう泣いちゃうよ。高山竜司に戻った薫には、礼子の姿は見えない。仮想世界からみた地球は『神』がいる場所だから。決められた時間に空に向かって手を差し出すしかない。そして「大丈夫だ!」と叫ぶしかなかった。
だけど礼子からは彼のことがはっきりと見える。VRを使うことで、彼の手に触れることもできる。必死で礼子が手を差し伸べたとき、薫がそのことに気づく。見えないのに手をつかもうとする。時空を超えて、死んだ恋人との再会が実現した瞬間だった。もうマジで泣いてしまったわ。
この『バースデイ』を読むと、貞子の呪いが完全に消えてしまう気がする。新しい世界では、世界中に増殖した貞子だけを老化させて自然死させるウィルスが開発される。バタバタと何体もの貞子が倒れている情景を読んでいると、もうそこにテレビ画面から出てくる彼女の姿はない。
この物語は礼子と、別世界にいる薫こと高山竜司の切ないラブストーリーで終わるんだよね。恐ろしい貞子のイメージを消したい人は、『ループ』と『バースデイ』を読むといいかもしれないよ。
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