飛躍できる人は『待てる』人
夏になると冬が恋しくなるし、冬になると夏が待ち遠しい。今日のような寒波だと、あの異常なほどの酷暑でさえなつかしく感じてしまう。
そう思うと、人間というのは常に何かを待っているような気がする。
それは物理次元に暮らしている必然性かもしれない。この世界は万物において、原因と結果という因果関係が存在する。何らかの結果は、そうなった原因が必ずある。
ただ相対的に人間が為すことは、原因と結果にタイムラグが生じる。誰もが幸せになりたいと思って何らかの行為に及ぶ。だけどその結果がすぐに出ることはまずない。たいていは、うんざりするような長い時間を要する。
原因と結果が直結しているのは、暴力くらいかもしれない。殴られれたら痛いのは当然。それはすぐに結果として見える。でも幸せを求めて努力を重ねても、すぐに結果が出ることのほうが少ない。
わかりやすい例で言えばスポーツがそうだろう。先日フィギュアスケートのGPファイナルで優勝した紀平梨花ちゃんだって、幼いころから積み重ねてきた努力がようやく結果として出たんだと思う。挫折して泣いたことは数知れないだろう。
受験生も日々の積み重ねが求められるし、試験を受けても合否結果が出るまで待たなくてはいけない。仕事のスキルを身につけるにも時間がかかるし、起業しても結果を出すまでは待つことが必要になる。
だけど『待てない』人は、途中でレースから降りてしまうことになる。頑張っても結果が見えないことにイライラして、自分を信じて待つことができない。
一方で『待てる』人は、自分の壁を超えて大きく飛躍できるんだと思う。『待つ』という我慢や根気は、成功のために欠かせない要素だと確信している。
といってもただ待てばいい、というものじゃない。宝くじを買って一等当選を待っているだけの人は、本当の意味で『待てる』人じゃない。それは自分の責任を回避して、他力本願で生きているだけ。
『待つ』ということに関して、飛躍できる人に共通するものを考えてみた。
第一に、自分のゴールに関して明確なイメージを持っていることだと思う。紀平梨花ちゃんだったら、トリプルアクセルを試合で完璧に成功させるとか、オリンピックで優勝するとか、というような具体的なイメージ。
そしてもう一つは、そのイメージに対してフィードバックを継続していることだと思う。ただ漫然と『待つ』のではなく、常に挑戦し続けていることが肝要。思い描いた結果が出るまでは、試行錯誤しながら自分の限界を広げる必要がある。
明確なイメージを持って、そこに近づけるよう出てきた結果を自分にフィードバックする。ダメなら方向性を変えて努力を重ねる。その行為を日々継続することが、本当の意味での『待つ』ことだと思う。原因と結果のタイムラグを埋めるのは、これしかないと信じている。
ただ言うは易く行うは難し、というのは事実。こうしてブログを書きながら、真の『待てる』を身につけたいと、今日もボクはもがいているだよね〜www
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