月が導く異世界の物語
『源氏物語』読んでいると、場面に応じて月が効果的に使われている。電灯のない時代だから、月明かりの美しさがより明瞭に感じられるせいかもしれない。どちらかといえば、美の象徴として描かれていた。
その一方で、月の光は人を惑わすという語り口になることもある。わかりやすい例で言えば人狼。満月にオオカミへと変身するのは、月の光の魔力によるものだと考えられている。50年前にリリースされたピンク・フロイドの『狂気』というアルバムの原題は『ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン』で、姿を見せない月の裏側をタイトルにすることで、人間の狂気をデフォルメしている。
そんな月のネガティブな面に特化した小説を読んだ。3作収録されているが、どれも不思議で恐ろしい物語だった。
2023年 読書#38
『残月記』小田雅久仁 著という小説。短編2作と中編1作という構成になっている。
『そして月がふりかえる』
『月景石』
『残月記』
という3作。どの作品も独特の世界観を有した物語ばかりで、好き嫌いが分かれる作品だと思う。さらに著者の文体は最近の作品にしては改行が少なく、長文で描写される部分が多い。文字がぎっしりと詰め込まれている。それゆえ小説を読み慣れていない若い人たちにはとっつきにくい作品かもしれない。
『そして月がふりかえる』は設定が怖い。ある男性が家族とレストランで食事をしていた。妻と二人の子供を置いてトイレに行った。だけどトイレから戻ってくると様子がおかしい。妻も子供を自分を他人として扱う。そして見知らぬ女性が自分を恋人だと言い張っている。月を見ると、普段は見えない裏側が見えていたという内容。いわゆるパラレルワールド的な物語。
『月景石』はボク的に言えば明晰夢の物語と言っていいかも。月景石という石を枕に下に置いて眠ると、月世界で暮らしている別世界の人間になってしまう。そこでの記憶もある。現実と夢の世界の境界線が崩れていく作品。
『残月記』は、現代から30年くらい先の未来の物語。『月昂』というウイルスが蔓延しているパンデミックの世界。このウイルスに侵されると、満月の時に異常な行動をとってしまう。感染者は隔離されて、死ぬまで収容所暮らしとなる。薬を打って延命することは可能だが、非感染者に比べると命は短い。
主人公は感染者の男たちが志願して戦う戦士となった。ローマ時代の剣闘士のように、真剣を使った格闘技を見せる仕事。一歩間違えば、試合中に死んでしまう。報酬は剣闘士の間だけ延命の薬を打ってもらえる。そして勝利した場合、セックスを対象とした女性が与えられる。主人公とその女性との恋愛物語でもある。
というような不思議な物語ばかり。文章の表現力は素晴らしく、とても勉強になった。ただ個人的にはあまり楽しめなかった。それはボクが月に魔性を感じていないからだと思う。ボクにとって月の光は癒しのイメージが強い。
だから立て続けに月の魔力を見せつけられると、ちょっと食傷気味になってしまった。でもハマる人にはたまらない小説だと思う。独自の世界観を持っておられる作家なので、他の作品を読んでみたいと思った。
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